高エネルギー加速器研究機構(KEK)は9月20日、ブラックホール同士の合体で発生する重力波が、太陽系に到達するまでに通過したダークマターからの重力レンズによる回折効果によってどのように変調されるのかを調べることで、ダークマターの起源を探れることを示したと発表した。

同成果は、KEK 量子場計測システム国際拠点のヴォロディミール・タキストフ特任准教授/主任研究員らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

  • 銀河系より遙かに遠くで起こった2つのブラックホールの合体からの重力波が、“服を着た”原始ブラックホールの重力レンズにより回折する模式図

    (左)銀河系より遙かに遠くで起こった2つのブラックホールの合体からの重力波が、“服を着た”原始ブラックホールの重力レンズにより回折する模式図。(右)典型的なPBH による各周波数での重力波の増幅率と位相のずれ(出所:KEKプレスリリースPDF)

ダークマターは、我々が観測可能な通常物質とは重力でしか相互作用せず、光学的には観測できないため、現時点では正体不明の物質であるとされるが、宇宙の総物質量のうちのおよそ85%を占めており、通常物質のおよそ6倍もあると見積もられている。これまでのその探索の歴史においては、ダークマターを未知の素粒子と想定し、極めて希ではあるが、通常物質との相互作用があるものと仮定した観測実験などを用いて、探索が行われてきた。しかし現在は、より一般的で広範な探索シナリオ、特にマクロな物質とミクロな物質が混在している場合のシナリオが検討されているという。

2015年に米国の重力波望遠鏡LIGOにより、2つの恒星級ブラックホールの合体による重力波が発見されて以来、同様の事象が何十件も検出されている(中にはブラックホールと中性子星や、中性子星同士の合体による重力波も観測されている)。こうした事象が数多く観測されるということは、ブラックホールが宇宙には数多く存在しているということを示しており、そこから天体起源でないブラックホールがダークマターの一部であるという考えが脚光を浴びるようになっているという。その1つが、原始ブラックホール(PBH)だ。

PBHは、ビッグバンの数秒後に多量に形成されたと考えられており、大質量星の超新星爆発の後に残される恒星級ブラックホールや、宇宙の大半の銀河の中心に位置すると考えられている超大質量ブラックホールとは異なるもの。そしてこのPBHが、従来の新粒子とはまったく異なるダークマターの候補となっているのである。しかし、PBHを検出・同定し、天体由来の普通のブラックホールと区別する方法を探すことは、非常に大きな課題となっていたとする。

なお、PBHは天体の質量程度しかないため、すべてのダークマターをPBHだけで説明するのは困難とする。そのため、上述したように、ダークマターは1種類の何かではなく、PBHと未知の粒子など、複数からなる可能性が考えられるようになってきたのである。このようなシナリオでPBHは生成された後、次第に周囲に粒子のダークマターのハローをまとい、“服を着た”PBHになることが予想されるという。しかし、そのシナリオをテストするための手法がこれまでないことが大きな課題だった。

そこで研究チームは今回、天体由来ブラックホール同士の合体など、遠方で放出される重力波に対し、PBHからの重力レンズによる回折現象による特異な変調パターンを見ることにより、PBH周辺のダークマターのハローを探索するという革新的なアプローチの確立を試みることにしたという。

今回提案された手法は、天体の合体時に発生する重力波がブラックホールを通過する際に、重力レンズによって振幅が周波数に依存してユニークに変化することを利用するというものだ。これが、ブラックホールを取り囲む拡がったダークマターハローの存在と分布に非常に敏感であることが示されたとする。

また今回の研究は、PBHの検出手法を提供するだけでなく、周囲にダークマターハローがある(服を着た)PBHと、それがない(裸の)PBHを明確に区別することを可能にするという。これまでに提案されてきた多くの検出アプローチでは、単独のPBHのハローの有無で決定的な違いが出る観測量を見つけることが目指されており、それがとても難しかったため、今回の手法は画期的としている。さらに今回の研究は、PBHが新粒子と共にダークマターとして共存する理論を、直接検証し、決定的に裏付けることができるとしている。仮に、上述したようにダークマターがマクロなPBHとミクロの新粒子から構成されているのであれば、今後の観測で決定的な発見につながる可能性があるとしている。

今回の発見は、ダークマターの組成に関する新しい視点を提供し、同物質を探求するための新しいツールを確立するものとする。宇宙に拡がるダークマターが単一の存在ではなく、マクロとミクロの構成要素の混合物として存在する状況を探求する道を開くものとした。実験的に確認されれば、宇宙初期の状況や、重力波望遠鏡によって検出された重力波事象から新情報も提供し、新たな発見への道を開くことになるとしている。