農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)、千葉大学、青森県産業技術センター(青森産技)の3者は9月18日、大規模な遺伝解析と遺伝子発現解析により、リンゴ果実の蜜入りに関わる有力な原因遺伝子候補を絞り込み、蜜の入りやすい個体を予測できるDNAマーカーを開発したことを共同で発表した。
同成果は、農研機構 果樹茶業研究部門 果樹品種育成研究領域の國久美由紀上級研究員、同・機構 基盤技術研究本部 高度分析研究センターの田中福代主任研究員、千葉大 国際高等研究基幹の南川舞准教授、青森産技 りんご研究所品種開発部の田沢純子主任研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、園芸作物に関する全般を扱う学術誌「Scientia Horticulturae」に掲載された。
蜜入りリンゴがおいしいことは多くの人が知っているだろうが、そのようなりんごは、長期保存中に蜜部分が褐変(かっぺん)することがあるため、前年の収穫物を翌春以降に販売する長期保存には向かないという欠点があったという。蜜の入りやすい品種、入らない品種を計画的に育成できれば、さまざまな用途向けの品種育成が可能になるが、リンゴの品種開発では、初めて実がなるまでに播種から7~8年もかかる上に、蜜の入りやすさを正確に評価するにも複数年の調査が必要なため、とても長い時間を要する。そこで研究チームは今回、リンゴの幼苗の段階で、遺伝的に蜜が入りやすいかどうかを予測できる手法の開発に取り組むことにしたとする。
リンゴの品種や育種実生2739個体を用いて、蜜入りの有無とゲノム構成との関連を解析した結果、「第14番染色体」に蜜入りと強く関連するゲノム領域が検出されたとした。また同領域において、蜜が入りやすい祖先品種「デリシャス」に由来するゲノムを持つ場合に、蜜入りする程度が高くなることも確認されたという。
検出された領域には、775もの遺伝子が存在している。そこで次に、どの遺伝子が蜜入りに関与するのかを絞り込むため、デリシャスの子孫で、蜜の入りやすい2品種と蜜の入らない2品種の間で、それらの遺伝子の発現の比較が行われた。異なる品種の組み合わせで2通りの比較が実施され、その結果、遺伝子「MdSWEET12a」のみ、発現量に明確な差が認められたとする。このことから、MdSWEET12aが蜜入りの有力な原因遺伝子候補と推測された。
MdSWEET12aは糖の輸送を担うタンパク質の1つをコードする遺伝子で、成熟果実の芯の周辺(蜜の発生部位)でのみ発現する。先行研究では、分子生物学的手法を用いてその発現が抑制されたところ、果実に含まれる「ソルビトール」の含量が減少することが確認された。以上のことから、MdSWEET12aの発現は果実でのソルビトール蓄積を促しており、この蓄積が蜜の発生を引き起こしていることが考えられるとした。
続いて、デリシャスに由来するMdSWEET12a(以後、「MdSWEET12a-D」と表記)が蜜入りを誘導する遺伝子であると考えられた推定されたため、それを検出するDNAマーカーが開発された。そして、MdSWEET12a-Dの有無と蜜入りの関係について、158品種・系統を用いての調査が行われた。その結果、MdSWEET12a-Dを持つと判定された36個体のうちの32個体(89%)は、岩手県盛岡市での調査期間中(平均8年間)に基準以上の蜜が観察され、持たないと判定された122個体のうち94個体(77%)は基準に達する蜜が観察されなかったとした。このDNAマーカーにより、デリシャスから蜜入りの特性を受け継いだ個体を一定の精度で識別できることが考えられるとした。
今回の研究成果により、今後、幼苗段階で、日持ち性など、さまざまなDNAマーカーと併用して育種実生を早期選抜することで、収穫後早期の消費に適した蜜の入りやすい品種や長期保存に適した蜜の入らない品種など、リンゴの周年供給の拡大に資する品種が、効率的に開発できるようになるとする。
また候補遺伝子の詳細な解析により、蜜入りのメカニズムをさらに詳しく解明することで、栽培環境に左右されず、安定的に蜜が入る品種を計画的に作出できる可能性もあるという。一方、リンゴと同じバラ科果樹であるニホンナシやモモにおいては、果実の蜜入りは「蜜症」と呼ばれ、果実品質を低下させる生理障害として生産現場で問題視されている。特にニホンナシの蜜症は、ソルビトール蓄積に誘発されるリンゴの蜜入りと類似の生理障害と考えられており、「豊水」など、発生しやすい品種があることもわかっているが、遺伝的な原因は不明だった。今回の研究で得られた情報をもとに、蜜入りのメカニズムを解明することで、これらの蜜症の解決にもつながることが期待されるとしている。