茨城大学と京都大学(京大)は9月12日、分子動力学計算による数値シミュレーションを用いて、気体と液体が共存する状態で重力に拮抗する弱い熱流をかけると、沈んでいた液体が気体の上に浮き上がり浮遊し続けることを発見したと共同で発表した。

同成果は、茨城大大学院 理工学研究科の吉田旭大学院生(現・京大 特定研究員)、同・大学 理学部の中川尚子教授、京大 理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻物性基礎論講座の佐々真一教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

地上では、水を沸騰させて100℃に達した場合、重力の働きがあるため、質量密度の重い沸騰した水(お湯)が下で、質量密度の軽い水蒸気は上に位置する。しかし、これが条件によっては変化し、無重力(微小重力)環境下で、なおかつ容器内に温度差があり熱流が流れていれば、たとえば容器の底側よりもフタ側が低温の場合、水は温度が低い方がより安定となるため、水の方がフタ側に移動することになる。

  • 重力下で100℃にある水と水蒸気の共存状態

    (左)重力下で100℃にある水と水蒸気の共存状態。水は容器の底に沈む。(右)無重力下で容器の上蓋と底に温度差がある水と水蒸気の共存状態。水は、温度の低い上側に位置する(出所:共同プレスリリースPDF)

このことは、地上であっても容器内に温度差を生み出せれば、重力の影響と、水を浮上させる熱流の影響を拮抗させることが可能になる。この時、水と水蒸気の位置がどうなるのかという問題は、水に限らず一般的な液体と気体すべてに当てはまることだが、これまで理論的にも実験的にも実は議論されないまま残されていたという。

そこで研究チームは今回、希ガス(アルゴンやキセノン)の熱力学的性質を再現するモデルとして知られる「レナード=ジョーンズ粒子系」に着目。同粒子系は、気体と液体の相転移を示すため、気体と液体が共存する飽和状態を再現できるのが特徴。そして同粒子系を用いて分子動力学計算を実施し、液体と気体の位置関係を確かめることにしたという。

今回の研究では、まず密閉容器内にレナード=ジョーンズ粒子系を入れて飽和状態にし、次に重力をかけ、液体が下に沈んだ状態とされた。その上で、容器の底の温度を少し高く、逆に容器のフタの温度を少し低くし、重力と逆向きの熱流が発生するよう設定された。液体と気体の位置関係が重力と熱流によってどのように変化するのか、設定をさまざまに変更して系統的な調査がなされた。すると、重力と熱流の影響が拮抗したと見られる状態では、液体が重力に抗って浮き上がることが判明。浮きあがった液体は、容器の真ん中で浮遊したまま静止していたという。

次に、容器の上下端の温度や重力加速度がさまざまに変更された。その結果、液体の浮上する高さが変化することが確認され、その静止する高さは、容器にかかる平均的な温度勾配と重力加速度の比で決まることが解明された。この際、流れる熱流が十分に小さく、上昇気流のような気体の大規模運動は起きていなかったことから、熱の流れだけで重いものを持ち上げていることを意味するとした。

続いて、この浮遊現象が通常の熱流体力学の理論で説明可能かどうかが調べられた。数値シミュレーションでは微小な系の実験しかできないことから、日常サイズのマクロ熱流体に用いる標準理論が解析され、液体の浮遊現象が起こる条件が調べられた。すると、液体が浮き上がる高さは、飽和状態の性質と液体や気体の質量密度と熱伝導率で決まることが判明。理論的に予想される浮遊の高さは、数値シミュレーションの結果と整合していたという。また、液体上の冷たい気体は、液体になるべき温度でも気体のままになっていることもわかったとした。

  • 数値シミュレーションで観測された気体と液体の位置関係の変化の様子

    数値シミュレーションで観測された気体と液体の位置関係の変化の様子。重力で液体が容器の底に沈んでいる状態で、容器の底の温度を高く容器の上蓋の温度を低くすると(左)、液体が重力に逆らって浮かび上がる(右)(出所:共同プレスリリースPDF)

以上の結果を応用すると、物質を選んで飽和状態を調べれば、重力に逆らって液体が浮き上がるために必要な温度差がわかるという。そこで、地上で飽和状態にある希ガスの液体が、気体上に浮き上がるために必要な温度差が見積もられた。すると、非常にわずかな温度差が予想されたとする。容器壁が分子を吸着しないように設計する必要があるなど、容器の工夫などは必要だが、上昇気流がなくても液体が浮き上がる様子を観測可能であることが予想されたのである。

今回の研究成果は、熱流が生み出す力に関する理解を深める重要な一歩だという。熱流が力を生み出すメカニズムを理解することは、基礎物理学的に重要な課題であり、今回発見された現象は、新しい物質輸送技術やエネルギー効率の向上に向けた応用の可能性を秘めているとする。エンジンで動力を得ると排熱はつきものだが、これを利用して熱流を生成・制御できれば、排熱を使って物質を運ぶ技術を開発できる可能性もあるとしている。