海洋研究開発機構(JAMSTEC)、九州大学(九大)、産業技術総合研究所(産総研)、北海道大学、堀場テクノサービス、東京工業大学、東北大学、京都大学、名古屋大学、東京大学(東大)の10者は9月5日、小惑星リュウグウのサンプルに含まれる「ブロイネル石」(鉄を含む炭酸マグネシウムの一種)などのマグネシウム鉱物や始原的な「ブライン」(塩化ナトリウムや塩化マグネシウムなどの塩分を含んだ水)の精密な化学分析を行うことで、その組成や含有量などを明らかにしたと共同で発表した。
同成果は、JAMSTEC 海洋機能利用部門 生物地球化学センターの吉村寿紘 副主任研究員、同・高野淑識 上席研究員、産総研の荒岡大輔 主任研究員、九大大学院 理学研究院の奈良岡浩教授を中心とする30人強の研究者が参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。
リュウグウは、小惑星帯で最も代表的なC型(炭素を多く含む)小惑星で、形成以来、太陽系全体の化学組成を保持した最も始原的な天体の1つとされている。これまでに行われた、小惑星探査機「はやぶさ2」によるリュウグウ試料に対する研究から、さまざまなことが明らかになってきたものの、その可溶性成分の含有量や組成、化学的な性質は解明されていなかった。可溶性成分のうち主成分元素は水質を左右するため重要で、これまでに化学モデル計算による水質進化のシミュレーションは行われていたが、研究チームは今回、特定の鉱物の化学組成に着目することで水質の復元を試みることにしたという。
リュウグウの化学進化を解明する上で重要なキーワードとされるのが、「水、有機物、鉱物、そしてヒストリー(熱史)」。研究チームはこれまで、初期状態の炭素(C)、水素(H)、窒素(N)、酸素(O)、イオウ(S)などの有機物を構成する軽元素組成、ならびに始原的な有機物や分子進化の研究を行ってきた。リュウグウの母天体はかつて多量の水を含んでおり、さまざまな化学進化があり、その中では、「水質変成」(水-鉱物-有機物の相互作用)などによって初期物質の溶解と、再沈殿も繰り返されてきた(そして、多用で二次的な生成物・析出物も形成されてきた)。そうした研究成果から、鉱物と化学抽出物の組成から当時の水質の一次情報と物質進化を観測できることが予測されたという。
今回の研究では、試料中のナトリウム、マグネシウム、カルシウム、カリウムなどの主成分元素を、交換性陽イオン、炭酸塩鉱物、ケイ酸塩鉱物の各成分に分けて段階的に抽出し、イオンクロマトグラフィーと高精度同位体質量分析法を用いることで、陽イオンの存在比とマグネシウムを含む鉱物の沈殿順序についての精密な解析が行われた。その結果、水と鉱物が最後に接触したタイミングの水質はナトリウムに富むことが判明。ナトリウムイオン(Na+)は、鉱物や有機物の表面電荷を安定化させる電解質として働き、また一部は、可溶性の有機物や揮発性の低分子有機物などとイオン結合を介したナトリウム塩を形成していると考えられるとした。
さらに、リュウグウに含まれるマグネシウムは金属中でも鉄に次いで多量に存在しているが、同金属に富む無機鉱物が水から沈殿した順序を解明したという。リュウグウのマグネシウムは、ナトリウムと比較して20倍程度の含有量だが、水質変成を受けることでマグネシウムイオン(Mg2+)は層状フィロケイ酸塩、炭酸塩鉱物として優先的に沈殿したとする。一方で水からはマグネシウムが除去されるため、水質はナトリウムに富む組成へと化学進化を遂げたと考えられるとした。地球の海水中でもNa+は1番目、Mg2+は2番目に多い主要な塩分であり、リュウグウに存在した水でも同じ順序で主成分陽イオンとして溶存しており、初期太陽系における水を媒介した化学反応の履歴が突き止められた形だ。
今回の成果の鍵の1つは、極微小スケールの非破壊分析法の技術、極微量スケールかつ原子・分子レベルで元素・同位体比組成を高精度に評価する破壊分析法の技術だという。これらの技術基盤は、境界領域研究への波及効果に限らず、たとえば、物質科学的な一次情報の保証、基準物質の標準化の確立、革新的な研究開発を生み出す知識基盤の進展に貢献すると考えられるとする。
2020年代後半以降も、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の火星の衛星フォボスからのサンプルリターンを含む探査計画「MMX」など、サンプルリターン計画が実施される予定。今後、地球が誕生する前の太陽系物質科学として、始原的なイオン性基質を含めた可溶性成分や包括的な有機分子群の性状から、化学進化の統合的理解を深めることが期待されるとしている。