岩手医科大学は8月29日、遺伝的な肥満リスクを表す肥満ポリジェニックスコア(PGS)「obPGS」を日本人で計算するための新たな計算式(モデル)を開発し、同モデルを用いて約7万人分のobPGSを計算した結果を基に、遺伝的な肥満になりやすさと生活習慣との関わりを詳しく分析したところ、遺伝的に肥満になりやすい人でも、余暇の運動や塩分摂取を控えるなどの生活習慣を持っている場合は、一定の肥満リスク低減効果が現れていることが明らかになったと発表した。

  • 今回の研究成果の概要

    今回の研究成果の概要。遺伝的に肥満になりやすい人を推定する肥満PGSが算出され、運動量など生活習慣との関わりが調べられた(出所:岩手医科大プレスリリースPDF)

同成果は、岩手医科大 いわて東北メディカル・メガバンク機構 生体情報解析部門の須藤洋一特命准教授、同・清水厚志教授/部門長らの研究チームによるもの。詳細は、日本人類遺伝学会が刊行する遺伝学に関する全般を扱う公式学術誌「Journal of Human Genetics」に掲載された。

肥満は、喫煙や過度の飲酒などと同じく、脳卒中、心疾患、糖尿病などの発症リスクを高めることが知られている。一般的に肥満の主な原因としては食生活の乱れや運動不足が挙げられており、肥満を防止・改善するためには、適度な運動を行い、食事量を調整することが有効とされている。その一方で、肥満にはそもそも体質的になりやすい人となりにくい人が存在し、遺伝的な影響も受けていることが知られており、遺伝的に肥満になりやすい人にとっても、適度な運動や食事量の調整などの対処法が有効なのかは不明だったという。そこで研究チームは今回、遺伝的な肥満のなりやすさを表すPGSを計算する方法を開発し、それを用いた分析を試みたとする。

PGSは、疾患などへの遺伝的なかかりやすさ(リスク)を示す指標で、現在さまざまな疾患に対して開発が進められている。肥満に対するPGSの計算法は、研究チームが研究を開始した時点ですでにいくつかが開発されていたというが、その大半が欧米人向けとして開発されたものだったとのこと。またPGSは民族が異なると精度が悪くなることが知られており、日本人を対象とするには日本人に適した方法が必要となることから、今回の研究では、日本人のデータを基にしてobPGSが開発された。このobPGSを使えば、遺伝的に肥満になりやすいかどうかを数値として表すことができるとする。

その後、東北メディカル・メガバンク計画地域住民コホート調査参加者から提供を受けた情報を活用し、新たな計算方法を用いて約7万人分のobPGSが算出された。その数値を使い、約7万人をobPGSが低い群(下位10%)、高い群(上位10%)、それ以外の中間的な群の3群に分類して詳しく調べたという。

まずobPGSが低い群と高い群を比較したところ、高い群では約4.8倍、実際に肥満になるリスクが高いことが明らかにされた。続いて、obPGSが高い群において、余暇の運動量が多い場合での肥満リスクの変化を調べた結果、obPGSが高くても、余暇運動量が増えるほど肥満リスクは下がることが確認されたとのこと。以上の結果から、仮に遺伝的なリスクが高くても、運動量を適切に増やすことで、一定の肥満防止効果が期待できることが示されたとしている。

  • 肥満PGSの群別における、余暇での運動量と肥満リスク

    肥満PGSの群別における、余暇での運動量と肥満リスク。遺伝的に肥満になるリスクが高い群でも、運動量が増えれば肥満になるリスクは抑えられている(運動量は集団全体を20%ごとに区切って色分けされており、最も色の濃い群は上位20%が表されている)(出所:岩手医科大プレスリリースPDF)

一方で、余暇運動量とobPGSが最も低い群と比較して、余暇運動量とobPGSが最も高い群は肥満リスクが3.2倍程度存在していた。言い換えれば、肥満の遺伝的なリスクが高い集団では余暇時間に多く運動をしていたとしても、遺伝的なリスクが低い集団ほどは肥満リスクが下がりきらないことを意味しているという。こうした結果は、遺伝的な肥満リスクを運動習慣だけで解消することは困難であることが示されているとした。

さらに、運動習慣の他にも塩分摂取量でも同様の解析が行われた。なお塩分摂取量は運動習慣とは逆に、増加すると肥満リスクが高まることが知られている。こちらもobPGSで群を分けた上での解析の結果、やはりobPGSが高くても塩分摂取が少ない方では、肥満リスクが抑えられていることが確かめられた。

  • 肥満PGSの群別における、塩分摂取量と肥満リスク

    肥満PGSの群別における、塩分摂取量と肥満リスク。遺伝的に肥満になるリスクが高い群でも、塩分摂取量が少なければ肥満になるリスクは抑えられている(塩分摂取量は集団全体を20%ごとに区切って色分けされており、最も色の濃い群は上位20%が表されている)(出所:岩手医科大プレスリリースPDF)

今回の研究成果により、生活習慣改善は肥満防止に有効だが、遺伝的な肥満リスクが個人ごとに異なることが確認された。つまり、肥満を防止し、健康的とされる体重を維持するために必要な努力は、個人ごとに異なるということである。自分自身の体質と向き合い、リスクを適切にコントロールすることが、肥満やそれが引き起こす疾患の個別化予防につながるとしている。