長岡技術科学大学(長岡技科大)、東京大学(東大)、東北大学の3者は8月26日、単一タンパク質の温度による微細な構造状態の変化を解析する新たな一分子計測技術を開発したと共同で発表した。

同成果は、長岡技科大 産学融合トップランナー養成センターの山崎洋人産学融合特任講師、同・大学 工学専攻 機械工学分野の海藤光太大学院生(研究当時)、同・松田杏介大学院生(研究当時)、同・大学 機械創造工学課程の加藤拓学部生(研究当時)、東北大 流体科学研究所の馬渕拓哉准教授、東大大学院 理学系研究科の上村想太郎教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するナノサイエンスとナノテクノロジーの全般を扱う学術誌「Nano Letters」に掲載された。

一分子計測技術は、ナノメートル(100万分の1mm)からオングストローム(1000万分の1mm)スケールの分解能で生体分子の動的構造を調べることができる解析ツール。しかしその多くは、タンパク質などの標的分子を化学的に修飾する前処理が必要で、時間と費用がかかることや、その化学的修飾が生体分子の機能に影響を及ぼす可能性があることも課題とされている。

  • 非対称薄型ナノポアの加工時の電流波形

    (a)非対称薄型ナノポアの加工時の電流波形。(b)非対称薄型ナノポアを用いたシトクロムcの検出(出所:共同プレスリリースPDF)

その解決手段として開発された「ナノポア計測」では、シリコン材料に直径わずか数nmの細孔であるナノポアに印加電場をかけることにより、その内部に流れ込むイオンの量(イオン電流)を測定する。生体分子がナノポアを通過するとイオン電流が遮断されるが、この時の遮断電流を解析することで分子構造を調べることが可能となっている。

一般的にタンパク質の構造特性は、温度依存的な構造変化で評価されているが、これまでにナノポア計測を用いたタンパク質の構造解析研究では、それを調査した研究はないという。そこで研究チームは今回、最適なナノポア加工方法を検討し、感度の高い非対称薄型ナノポアの加工を実現。それにレーザー加熱を用いた温度コントロール技術である「ナノポアサーモスコピー法」を活用し、細胞のエネルギー生産において重要なタンパク質である「シトクロムc」の、温度による構造変化を評価することにしたとする。

今回の研究では、シトクロムcを検出するにあたり、長岡技科大の山崎講師が独自開発した「レーザーエッチング破断法」を用いて、窒化シリコンナノ薄膜上に直径わずか数nmのナノポアが加工された。同加工では、膜厚50nmの窒化シリコンナノ薄膜に青色レーザーを照射し、同時に電圧を印加することで、窒化シリコンナノ薄膜の照射された箇所だけが徐々に薄くなり、最終的に破断現象によりナノポアが作製されるというもの。今回の研究では、ナノ薄膜の上面・下面での薄膜化するスピードが異なるpH条件下で加工を行うことで、感度が高く、非対称かつ薄型のナノポア(非対称薄型ナノポア)の加工が可能になったという。

ナノポアが非対称薄型形状であることは電流特性から確認できており、ナノポアによりシトクロムcが検出された。その解析の結果、電流遮断率50~60%の領域に最大1ミリ秒程度の遮断電流波形が現れ、通常のナノポア計測では得られない通過特性が見られたとする。具体的には、シトクロムcがナノポア上面で捕捉されることで一定時間滞留した後に、ナノポアを通過する様子を示すことが電圧依存性から確認された。このような通過過程を経ることで、通常の検出方法よりも長い時間をかけて解析ができるため、より詳細な生体分子の構造情報を得られるようになったとする。

  • 非対称薄型ナノポアによるシトクロムcの検出

    非対称薄型ナノポアによるシトクロムcの検出。(a)印加電圧75、100、125、150mVにおけるシトクロムcの検出波形。(b)実験結果の散布図(横軸:遮断電流時間、縦軸:電流遮断率)。(c)電流遮断率のヒストグラム(出所:共同プレスリリースPDF)

このアプローチを用い、シトクロムcの温度依存的な構造変化が調べられた。ナノポア付近の温度制御のため、ナノポアサーモスコピー法が活用された。これは、窒化シリコンナノ薄膜に可視光レーザーを照射すると薄膜が光を吸収する特性を利用することで、レーザー照射領域の温度調整を瞬時に行うことができるという技術。同技術によりナノポア近傍の温度が上昇させられたところ、電流遮断が大きくなる様子が観察されたとした。分子動力学シミュレーションを用いて、シトクロムcの構造変化が詳細に解析されたところ、同タンパク質の「αヘリカル構造」(タンパク質を構成する構造の1つで、右巻きらせん構造をとる)が加温によって変性することにより、電流遮断が増加することが示されたという。

  • レーザー加熱された非対称薄型ナノポアによるシトクロムcの検出

    レーザー加熱された非対称薄型ナノポアによるシトクロムcの検出(出所:共同プレスリリースPDF)

シトクロムcの構造変化は、細胞のアポトーシス(プログラムされた細胞死)に関係するため、今回の研究成果は、生命現象の解明への貢献が期待されるとする。それに加え、わずかなαヘリカル構造の変性の検出に成功したことから、今回開発された技術は、タンパク質の折れ畳みメカニズムや、修飾塩基によるDNA・RNA構造解析など、生体分子の構造解明への研究を促進し、基礎生命科学のみならず、医学や創薬分野にも大きな貢献をもたらすことが期待できるとしている。