リアルで5万人、バーチャルで120万人の集客力 HIKKY・舟越靖のVR広告戦略

「コンテンツには人を動かす力があります」─。VRサービス事業を展開するHIKKY社長の舟越靖氏はこう語る。7月20日、今夏で12回目になる、同社が運営するオンライン上の世界最大VRイベント「バーチャルマーケット」が幕を開けた。同イベントにはVR上のコンテンツを楽しむ人々が世界中から120万人集まる。「エンドユーザーが欲しがるものは広告ではなくコンテンツ」と語る舟越氏はVR上で従来の広告とは違った体験型コンテンツを提供する。各業界の大企業も出展が続く新たな広告のカタチとは─。

VR上のコンテンツ広告により新たな経済圏創出

「ユーザーはVR上で、世界観が作りこまれた企業コンテンツをゲーム感覚で体験し、ただただ楽しむ。ですから広告を広告と感じないのです」。こう話すのはVR上の広告事業を展開するHIKKY社長の舟越靖氏。

 同社が運営する世界最大のVRイベント「バーチャルマーケット」(Vket)は、アバターなどの3Dアイテムやリアル商品(洋服、PC、飲食物など)を売り買いできる世界最大のVRイベント。立ち上げ初年度の2018年の来場者数は数千人規模であったが、6年経った現在は120万人以上になり新たな経済圏創出の成長最中にある。

 開催中は24時間全世界から無料参加でアクセスでき、ユーザーは自宅にいながらVR上の自分のアバターを通して街をぶらぶらと歩く感覚でコンテンツを楽しむことができる。ここは新しいエンターテインメントの場でもあり、買い物体験ができる場でもあり、楽しみ方は人それぞれのようだ。

 もともとVketはVRで使用する自身のアバター(分身キャラクター)などの3Dコンテンツを売買する場であったが、世界中から想定以上に人が集まるようになってきたことをきっかけに、同社はVket上の企業出展を開始。企業の世界観を反映し作り込んだコンテンツブースをつくり、企業はそこで遊ぶ消費者と体験を通して、双方向のコミュニケーションが可能となる。舟越氏はその遊び自体が企業への親近感やブランディングになるという論を唱える。

「これまでの広告はコミュニケーションが一方的で広告主に寄ったもの。しかし実際のエンドユーザーが欲しがるものは広告ではなくコンテンツ(物やサービス)。体験が企業ブランディングにつながり、ゆくゆく消費行動を生むことにもつながる」

 ネットメディアが台頭してきた現在では、若者のテレビ離れもありテレビCMも減少しているのが現状。

 多様性の時代に入り、企業はマス対象に一方的な宣伝ではなく、消費者個人に合わせたコミュニケーションが課題となる中、コンテンツを通した広告は新たな広告のカタチだ。

 具体的にいえば、髙島屋ブースでは、髙島屋セレクトのお酒を置き、実際の髙島屋店員のアバターに、相談やおすすめを聞いたりするコミュニケーションをして、そこから髙島屋のECサイトに飛びその商品の購入ができる。普段百貨店は敷居が高いと感じる人でも、気軽に訪問しアバターを通して恥ずかしがらずに店員に相談ができる。

 そういったリアル世界にダイレクトに飛ぶものもあれば、日清食品のブースは看板商品『カップヌードル』の世界観を盛り込んだゲームを楽しむのがメインというものもある。しかしSNS上ではここで遊んだあとに無性にカップヌードルを食べたくなり買いに走ったというコメントも多くみられ、遊びがその後の購買行動に繋がる事象が起きている。VR上の楽しい体験がファンを生み出し、既存のマーケティングやブランディングでリーチできていなかった層の購買行動を掘り起こしているのだ。

 今年の参加企業はサントリー、花王、ソニー、NTT東日本、東急不動産、自治体などと幅広い業界から約80社が出展・協力企業として消費者との新たなコミュニケーションを行っている。

バーチャル世界からリアル世界に発展・つなぐ

 同社の社名の由来は〝引きこもり〟から来ており、同社には鬱病を患っている社員も多い。WHOによればコロナ禍以降、世界人口推定3.8%にあたる約2億8000万人が鬱病を患っている。日本でも令和4年内閣府の調査でひきこもりの人口は推計146万人と発表され、社会課題の一つになっている。

 同社にはもともと一部上場企業のトップ営業マンだったが、先天性疾患で重度の鬱病を急に患ったという社員もいる。バーチャル空間ではアバターを通して自分を表現するので、鬱症状が発生しづらく、本人が持つパフォーマンスを十分に発揮できる環境がある。背水の陣状態の人材だからこそ並外れた熱量があり、「普通の人では思いつかない新しい発想やアイデアの提案が斬新」と舟越氏は尊敬の意を払うと同時に「経営者としては人的管理は大変だが、これこそが当社の存在価値」と社の強みとして捉えている。

 Vketはバーチャル世界だけのものではない。昨年リアルイベントを秋葉原で開催したところ4万人の来場者数があった。広告費はほとんどかけておらずSNS告知のみ。参加無料という点が敷居を下げ、来場者は老若男女、小さい子供の家族連れも多かったという。

 この成功体験をもとにファッションの街の渋谷、原宿でも2回目を開催し、原宿竹下通りから渋谷さくらステージまでを巻き込んだ回遊施策を実施。そこには秋葉原を超える5万人の来場があった。コラボ店舗に行くとノベルティがもらえ、割引が使えるなどユーザーのメリットも大きい。周辺の飲食店などは記録的な長蛇の列となり、経済活動が活発化の起爆剤になった。

「バーチャル世界でのコンテンツや楽しみはリアルにも通じる。街をつかってコンテンツを散りばめて、最高の遊びを提案していきたい」と舟越氏が次に見つめる先は地方。バーチャルとリアルを行き来する新たな体験型コンテンツ広告が日本経済活性化の一つのアイテムとなるのか、注視を続けたい。