九州大学(九大)は8月21日、毛髪からの細菌分離法確立により24培養条件から27属63種の分離菌を獲得し、一部の毛髪細菌が貧栄養および脂質添加条件により生育促進を示したこと、さらに、汗含有のグルコースや皮脂含有のグリセロールおよび広範なヘアケア剤含有のマンニトールの資化性を示すことを詳細に解明したと発表した。
同成果は、九大大学院 農学研究院の田代幸寛准教授、同・大城麦人助教、同・酒井謙二名誉教授、同・山田あずさ学術研究員、同・西悠里大学院生(研究当時)、同・野口芽生大学院生、東京農業大学応用生物科学部の渡邉康太助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、日本生物工学学会が刊行するバイオサイエンス/テクノロジーの全般を扱う学術誌「Journal of Bioscience and Bioengineering」に掲載された。
人体のさまざまな部位には多様な微生物叢が形成されており、そうした中で近年発見されたのが毛髪の常在菌(以下、毛髪細菌)。しかし、まだ情報が乏しくその栄養源も不明だという。これまでの研究で、毛根内部で表皮細胞との接触により、ヒト細胞の抗老化や延命に関わる遺伝子発現制御に影響を及ぼすことなども報告されていたが、標準株が利用されていることが課題だったとする。毛髪環境に適合した細菌がヒトに及ぼす影響を適切に評価するには、毛髪から分離した細菌を使用しての詳細な研究が必要という。ところが、毛髪からの細菌分離はこれまで報告が無く、適当な分離手法および分離条件も十分ではなかったとする。そこで研究チームは今回、毛髪細菌を分離するにあたり、8種の培地を用いて培地濃度や酸素要求性、ゲル化剤、脂質添加などの培養条件を検討し、24条件で培養を行うことにしたという。
分離手法は、被験者18名より採取された毛髪を各固体培地上に静置しての培養後、毛髪周辺のコロニーを採取し、2回の純化(目的の細菌1種のみを獲得を目的として、採取と培養を繰り返す作業のこと)を経て、DNA抽出後に細菌種の同定が行われた。その結果、27属63種の細菌を分離することに成功したとする。
獲得された各細菌種の好む環境に関しては、希釈条件と非希釈条件における獲得毛髪分離菌数が各16種だったことから、富栄養と貧栄養環境を好む細菌種が同程度共存することが示唆されており、皮膚上では富栄養を好む細菌が多いことから、毛髪環境の特異性を示唆する結果となったとした。また脂質添加および無添加条件では、両条件共通して3種、添加条件のみから10種、無添加条件のみから4種の細菌が獲得された。特に、全24条件のうち脂質添加時のみで3種が分離されたことから、毛髪細菌の生育嗜好性に脂質が関与することが示唆された。
それらに加え、全分離菌の獲得傾向が、細菌種により異なることも発見されたという。そして、頻繁に分離可能な細菌種を「易分離微生物」、少ない培養条件でのみ分離された細菌種を「難分離微生物」と定義し、細菌種の分離可能性を初めて定量的に示せたとした。また、研究チームの先行研究で実施された菌叢解析の結果と照合すると、毛髪細菌の占有率と今回の研究による獲得細菌の相関が無いことが示され、易分離微生物と優占細菌は異なることが示唆されたとした。
また、獲得された毛髪分離菌から優占細菌種5種(C acnes subsp.defendens、C. acnes subsp.acnes、Staphylococcus epidermidis、S.caprae、Micrococcus luteus)を選択し、50種類の炭素資化性の評価が行われた。その結果、汗に含まれるグルコース(ブドウ糖)や皮脂の分解物である「グリセロール」だけでなく、ヘアケア化粧品に保湿剤として広く含有されている「マンニトール」の資化性が示されたという。特に、標準株と異なる資化性が示された結果として、M.luteus毛髪分離株はグルコースの、C.acnes subsp.defendens、C.acnes subsp.acnes毛髪分離株はマンニトールの資化性を有することから、毛髪環境で棲息に有利な資化性を獲得した可能性が考えられるとした。
今後、獲得した毛髪分離菌を用いて表皮細胞への添加試験を行い、ヒト細胞の遺伝子発現制御に対して標準株と分離株を比較することで、毛髪細菌が人体に及ぼす影響を鮮明に理解できることが期待されるという。今回の研究による毛髪細菌分離手法や毛髪分離菌は、健常な育毛に影響する毛髪細菌種の情報蓄積に活用され、将来特定の細菌種を調整するヘアケア化粧品の開発や、難治療性毛髪疾患の創薬開発につながることを期待しているとした。