順天堂大学は8月19日、オレキシン(視床下部外側野で産生される神経ペプチド)受容体拮抗薬「スボレキサント」による、高齢化社会の進行と共に増加中の「せん妄」の予防の第III相試験の成果として、スボレキサント投与によりせん妄の発症は低い傾向が認められたが、プラセボに対して統計的な有意差は認められなかった一方で、追加解析の結果、特に手術や治療の妨げとなって問題になる過活動型および混合型せん妄は、スボレキサント投与により発症が低い結果だったと発表した。

同成果は、順天堂大 医学部附属練馬病院 メンタルクリニックの八田耕太郎教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、臨床ケアやヘルスケアなどを含む医療に関する全般を扱う学術誌「JAMA Network Open」に掲載された。

  • せん妄の発症と転帰

    せん妄の発症と転帰(出所:順天堂大Webサイト)

日本は、世界トップの超高齢社会であり、それに伴って認知症と並んで増加しているのが、せん妄だという。せん妄とは、覚醒度の低下とその時間的な変動、幻覚の出現などの認知の変化を特徴とし、身体疾患や手術による生理学的異常、アルコールなどの物質や薬剤が発症の直接因子となることが知られている。75歳以上の入院患者の1/3以上にせん妄は発症し、手術や治療を妨げてしまうことが問題だ。さらに、転倒・転落、認知症発症、生命予後短縮の明らかなリスクとなっており、入院期間を延長させ、医療費を押し上げてしまうため、予防の重要性が認識されており、脱水、低酸素症、低栄養など、せん妄のリスク因子への対応がなされてきているが、薬物療法による予防は発展途上にあるとする。

そうした中で研究チームは、せん妄発症には睡眠・覚醒リズムの障害が必発であることに着眼。覚醒維持を調節するオレキシンを夜間遮断して睡眠・覚醒リズムを整え、せん妄を予防するという仮説を発想したという。そして今回の研究では、不眠症に適応を持つ医薬品でオレキシン受容体拮抗薬であるスボレキサントを就寝前に投与し、せん妄発症抑制効果を検証することを目的とした臨床試験を実施することにしたとする。

今回の研究は、MSD社が治験依頼者となり、プラセボ対照二重盲検無作為化第III相試験として2020年10月~2022年12月に全国50の病院にて実施された。急性疾患または予定手術で入院する高齢日本人のうち、軽度認知機能障害あるいは軽度認知症、またはせん妄既往のあるせん妄高リスク患者が対象とされた。参加者は、スボレキサント15mgまたはプラセボに1対1で無作為に割付けられ、入院5~7日まで就寝前に投与された。主要評価項目は、米国精神医学会の診断基準DSM-5によるせん妄の発症とされた。

101名(男性52名、女性49名、平均年齢81.5歳)にスボレキサントが、102名(男性45名、女性57名、平均年齢82.0歳)にプラセボが投与され、観察の結果、スボレキサント群のせん妄発症は16.8%(17/101)だったのに対して、プラセボ群のせん妄発症は26.5%(27/102)で、有害事象の発現は両群で同様だったという。

せん妄のサブタイプ別の追加解析では、興奮を伴わず、活動性が低下してうつと間違われやすい「低活動型」の発症は、両群で同程度だったのに対して(スボレキサント群5.9%[6/101]、プラセボ群4.9%[5/102])、興奮を伴い、手術や治療・看護行為の妨げとなるため、実臨床で常に問題になる「過活動型」+過活動型と低活動型の両方の要素を持つ「混合型」の発症は、プラセボ群と比較してスボレキサント群で低かった(スボレキサント群10.9%[11/101]、プラセボ群21.6%[22/102])。欠測の影響を評価するために補足的に行われた生存時間解析手法による解析でも、同様の結果が得られたという。

以上、せん妄高リスクの高齢入院患者において、スボレキサントのせん妄予防効果は、低活動型を含むせん妄全体では抑制しつつも有意差に至らなかったが、追加解析により過活動型および混合型ではせん妄抑制効果が示唆されたとした。

今回の結果から、スボレキサント投与での睡眠・覚醒リズム障害を改善することが、せん妄予防につながったことが考えられるとする。研究チームは今後、せん妄の病態機序のうち、今回の睡眠・覚醒リズム障害に加えて炎症や酸化ストレスも絡めた薬物療法の展開を考えているとした。せん妄を1回でも予防できればその分、認知症発症の減速や医療費の節減に貢献できることが見込まれ、社会貢献の高い領域としている。