東京大学(東大)、ファインセラミックスセンター(JFCC)、日本原子力研究開発機構(JAEA)、J-PARCセンター、住友化学の5者は8月9日、結晶構造に由来するキラリティと電気トロイダルモーメントの結合に基づく新しい強誘電性発現メカニズムを提案し、実際に一次元磁性体「SrM2V2O8(M=Ni,Mg,Co)」(一次元磁性体(1))において、同メカニズムに従う強誘電性を実証したと発表した。

同成果は、東大大学院 工学系研究科の永井隆之 特任助教、同大 木村剛 教授(社会連携講座「新しい物理現象を用いた次世代環境配慮デバイスの開発」特任教授兼任)、JAEA 物質科学研究センター 強相関材料物性研究グループの萩原雅人 研究員、JFCC ナノ構造研究所 計算材料グループの横井里江 研究員、同 森分博紀グループ長/主幹研究員(東京工業大学 元素戦略MDX研究センター 特定教授兼任)らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する機関学術誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された

従来の強誘電体の探索指針は構成元素に依存しており、「非磁性カチオン」(原子を巡る電子の軌道の1つのd軌道が空(d0)である陽イオン)を含む物質を中心に探索が行われてきた。これは特定の構造下で、d0カチオンが歪んだ強誘電構造を安定化させるためだが、磁性や電気伝導性は一般的にd軌道の電子が担う場合が多く、d軌道は占有されている必要があるため、従来の指針の下では磁性や電気伝導性が共存する強誘電体の探索は困難だったという。そこで研究チームは今回、強誘電体を結晶対称性の観点から再考し、キラリティと電気トロイダルモーメントの結合が強誘電性を発現することを発案することにしたとする。

キラリティは右手と左手の関係のように、鏡像同士を同じ向きで重ね合わせることができない性質のことをいう。一方の電気トロイダルモーメントは電気双極子モーメントの渦状配列で定義され、結晶中ではたとえば回転変位という形で現れる。対称性を考慮すると、キラリティと電気トロイダルモーメントが同時に存在する状況は、自発分極を持った状態と同じ対称性を有することがわかり、強誘電性の発現が期待されるという。

この2つの性質について、研究チームではネジの運動に例えることができるとしている。それによると、キラリティはネジの溝の切り方(左右)に対応し、電気トロイダルモーメントの符号はネジを回す方向の時計回り・反時計回りに対応するとのことで、右ネジを時計回りに回すと自発的にネジは直進するが、この並進運動が自発分極の発現に対応するものとなるという。重要な点は、このメカニズムで発現した強誘電性はネジの溝の切り方と回転方向に依存するが、ネジの構成元素には依存しないということで、原理的には磁性や電気伝導性との共存も可能ということとなる。そこで今回の研究では、こうした概念に合致する物質として、ストロンチウム、バナジウムに加え、ニッケル・マグネシウム・コバルトのいずれかで構成される酸化物である一次元磁性体(1)に着目することにしたとする。

  • キラリティと電気トロイダルモーメントの結合が誘起する強誘電性の概念図

    キラリティと電気トロイダルモーメントの結合が誘起する強誘電性の概念図。この強誘電性の発現は、直感的にはネジの運動で理解でき、キラリティはネジの溝の切り方に、電気トロイダルモーメントはネジの回転方向に、ネジの進行方向は分極に対応する。例えば右ネジを時計回りに回すとネジは前進するが、その要領でキラリティを持つ構造・分子が回転すると分極が誘起される (出所:東大プレスリリースPDF)

一次元磁性体(1)はユニットセル内にMイオンで構成された4本のらせん鎖を内包しており、右手鎖と左手鎖が交互に並んだ構造を持つ。さらにそれらのらせん鎖が右手系は時計回り、左手系は反時計回りに回転しており、全体として4本のらせん鎖が同じ方向に並進している。この状況は研究チームが説明しているネジの運動に酷似しており、今回、発案されたメカニズムで強誘電性が実現している可能性があることに着眼。もし、らせん鎖の回転によって強誘電性が発現しているのならば、回転変位が消失すると、強誘電性も同時に消失することが予想され、研究チームでもSrNi2V2O8(一次元磁性体(2))において中性子粉末回折を用いた構造解析を行った結果、その予想に合致する構造相転移が観測されたとする。これにより、結晶のキラリティと電気トロイダルモーメントの結合に基づく強誘電性発現機構が実証されたとするほか、第一原理計算の結果からも一次元磁性体(2)の自発分極の大きさがこれまで報告された強誘電体と遜色ないことが確認されたともしている。

  • 強誘電性相転移温度(Tc=685K)前後で行われた中性子粉末回折測定によって決定された結晶構造

    強誘電性相転移温度(Tc=685K)前後で行われた中性子粉末回折測定によって決定された結晶構造。相転移温度以下ではらせん鎖が回転し、強誘電構造を持っているが、相転移温度以上では回転変位が消失すると共に強誘電構造でなくなる(下図では、見やすくするためにSrとOは省略されている) (出所:東大プレスリリースPDF)

研究チームによると、注目点としてはd電子を持つ磁性元素であるM=Ni2+、Co2+の系においても、非磁性元素であるM=Mg2+の系でも同様の強誘電性が観測されたことであり、今回の指針が構成元素に依存しないことも実証されたとしている。

なお、今回の成果について研究チームでは、これまで見過ごされてきた組成や結晶構造を持つ物質が強誘電体になり得る可能性を提示するものだとしており、今回の成果をきっかけに、磁性強誘電体はもちろん、導電性を併せ持つ非従来型の強誘電体の物質開拓も加速されることが期待されるとしている。