【政界】不祥事などに悩まされる岸田政権  求められるのは『日本の骨太針路』

米大統領選の混乱、国際情勢の悪化、続く円高など、国民を取り巻く環境は厳しさを増すばかり─。9月の自民党総裁選は、首相・岸田文雄といずれの「ポスト岸田」候補も決め手を欠き、混迷の度を深めている。派閥解散で縛りが外れた議員たちは、ベテランから若手まで離合集散を繰り返しながら「勝ち馬」を探る日々だ。国会閉会中の今夏も、省庁や自民議員の不祥事が相次いで岸田を襲い、政権再浮揚のきっかけがつかめない。そんな中でも議論を戦わせて政策を磨く政治本来の姿は取り戻せるのか。

頭を下げる

 自民党総裁選を巡る政局が膠着状態の中にあっても、梅雨明けとともに、政府の政策案件は粛々と動いていた。

「個人の尊厳を蹂躙する、あってはならない人権侵害だ。皆様の多大な苦痛とご苦労に思いをいたし、解決は先送りできない課題です」

 障害者らに不妊手術を強要した旧優生保護法を憲法違反とし、国の賠償責任を認めた最高裁判決を受けて、岸田は被害者らと首相官邸で面会した。幅広い被害者救済を検討することを約束した面会は、予定の1時間を約40分超えて続いたが、岸田は被害者一人ひとりの話が終わる度に丁寧に頭を下げた。官邸スタッフも誰一人、次の日程を気にするそぶりを見せなかった。

 異例の厚遇には伏線がある。水俣病の公式確認から68年を迎えた5月1日、環境相の伊藤信太郎が患者団体と現地で開いた懇談がそれだった。持ち時間の3分を超えて発言した患者遺族らに対し、省職員がマイクの音声を強制的に切るという「事件」が起きた。よりにもよって水俣病は、1971年に環境庁(当時)が発足する原点となった四大公害病の一つである。野党の強い反発を招き、伊藤は謝罪と時間制限なしの再懇談実施に追い込まれた。

 岸田自身、自民党ハト派の宏池会を率いていた立場から、強制不妊の被害者救済に前向きな思いは元々あっただろう。だがそれ以上に、「政治とカネ」を巡る追及を浴び続けた通常国会が終わったいま、政権再浮揚に向けて、被害者対応の失敗でさらなるダメージを負っている場合ではなかったわけだ。

 通常国会でダメージを負った過去の政権は、「夏の過ごし方」によって明暗がはっきり分かれている。2017年当時の首相・安倍晋三は、森友・加計学園問題で政権が風前の灯火となり、7月の東京都議選で惨敗した。しかし、その後の夏を大きな失点なくやり過ごすと、少しずつ内閣支持率が回復した同年秋の衆院選に勝利し、首相を続投している。

 一方、21年の菅義偉の場合は、新型コロナウイルスへの対応が通常国会で猛批判を浴びた上、国会閉会後の東京五輪を巡る対応や、8月の「原爆の日」の式典あいさつで核兵器なき世界への誓いを読み飛ばす不手際などが重なり、支持率が回復しないまま、秋の自民党総裁選への出馬を断念せざるを得なかった。

 つまり、野党が追及の場を失って国民の関心もそれやすい国会閉会中に、逆風下の政権が「浮力」を取り戻せるか、いかに新たな失策をしないかが、先への望みをつなぐカギとなる。退陣不可避論が公然と語られ、それでも起死回生の総裁再選を諦めていない岸田であれば、なおのことだ。

「浮力」はあるか

 しかし、岸田が最もあてにしていた肝いりの定額減税は「効果を実感しにくい」「この程度で経済は回復しない」と評判が芳しくない。さらに悪いことに、大きな不祥事が防衛省でも起きてしまった。

 防衛相・木原稔は7月12日、背広組(防衛官僚)と制服組(自衛官)の計218人を処分したことを発表した。

 処分対象は、①日本の安全保障に深くかかわる特定秘密の違法な運用②海上自衛隊員による「潜水手当」の不正受給③基地内で代金を払わずに食事をする不正喫食④キャリア官僚らの部下へのパワーハラスメント、の4つに大別される。前代未聞の大量処分であり、特に不正が相次いだ海自は、トップの海上幕僚長が事実上更迭された。

 省の定期人事に合わせた発表にはうみを出し切る狙いがあったが、日本の防衛の重要性を詳述する防衛白書の発表日と重なったのは皮肉と言うほかない。木原は「長い間、防衛省・自衛隊が抱えてきた問題をいっぺんに解決したいという思いがあった」と強調した。

 17年7月には、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)派遣部隊の日報問題を巡り、安倍が目をかけていた稲田朋美が防衛相を引責辞任している。自身の進退を問われた木原は「職責を全うする中で、防衛省・自衛隊の悪い部分を改革していく」と辞任を否定した。与党関係者からも「木原さんが就任する前からの問題だ」と同情論が多かった。

 しかし処分発表の6日後、潜水手当の不正受給で海自隊員4人が逮捕されていたことが発覚。しかも、その事実が木原に報告されていなかったというおまけまでついた。シビリアンコントロール上の問題は明らかで、野党は責任追及を強めた。

 かつて安倍は稲田の辞任直後に内閣改造に踏み切り、結果的にダメージコントロールに成功した。ところが、岸田の場合、今秋の総裁選前の改造を模索しようにも、「政権がこの状態では、ろくに引き受け手がいないのでは」との声がもっぱら。今の岸田の方が、当時の安倍より追い込まれているとも言える。

 ちなみに、稲田の辞任から改造まで一時的に防衛相を兼務したのが、当時外相を務めていた岸田であった。

続く裏金問題

 収束したかに見えていた裏金事件を巡っても、新たな火の手が上がった。自民党衆院議員の堀井学が、地元・北海道で有権者に香典を配っていた公職選挙法違反容疑で、東京地検特捜部の強制捜査を受けた。

 堀井は所属する安倍派から、政治資金パーティー券収入のノルマ超過分2196万円をキックバックされ、政治資金収支報告書に記載していなかったことが判明している。特捜部は裏金事件を捜査する過程で、香典配布を把握したとみられる。裏金が香典の原資になっていた可能性も浮上し、堀井は自民を離党した。裏金問題に対する国民の批判はさらに続くだろう。

 こうした失点の積み重ねは、ただでさえ窮地の岸田をボディーブローのように追い詰めていく。各種世論調査で、7月の内閣支持率は2割程度のまま推移し、反転攻勢のきっかけをつかめないままだった。

 岸田に対抗し、政党支持率を伸ばしてきた野党第1党・立憲民主党も、ここにきて動揺している。東京都知事選に満を持して出馬した前参院議員・蓮舫が現職の小池百合子どころか、前広島県安芸高田市長の石丸伸二の後塵を拝して3位に沈み、党内で現実味をもって語られていた「政権交代」の期待に冷水を浴びせた。

 立憲は4月の衆院3補欠選挙に全勝し、5月の静岡県知事選も勝利するなど勢いに乗っていたが、首都東京で全国最大の無党派層の大半が石丸に流れる無残な結果に、「党代表が泉(健太)さんのままでは次期衆院選を勝ちきれない」(中堅議員)という従来からあった不安を増幅させた。

 そもそも、このところの立憲の躍進は、岸田政権下で起きた自民党の裏金事件という「敵失」が最大の要因だ。党本来の地力不足は、泉が掲げる「衆院選小選挙区の候補者200人擁立」という目標が、達成されても衆院定数の過半数に届かないことからもうかがえる。

 4月の3補選の一つ、東京15区を共産党とのあからさまな共闘で勝ちきった成功体験を、立憲は都知事選でも踏襲した。それが他党から「立憲共産党」とレッテルを貼られ、都知事選の敗北後は党内の保守系議員からも「あれで無党派層が逃げた」と批判が再燃した。

 保守とリベラル双方を党内に抱え、方向性がなかなか定まらないのは、旧民主党、旧民進党から続く立憲のお家芸だ。例外は、17年に旧希望の党から排除された枝野幸男らが「純化路線」を敷いた旧立憲くらいであろう。

 ただ、東京は全国でも沖縄、新潟と並んで革新勢力とのつながりがことに強い地域でもある。次期衆院選で立憲執行部が見据えるのは、あくまで同じ旧民主党を源流とする国民民主党との連携だ。

 しかし、両党のつなぎ役である連合は共産との共闘に拒否感が強く、野党が一丸となって与党と対峙する状況には、いまだにほど遠い。保守層から再評価が進み、党代表への待望論もある元首相・野田佳彦は野党共闘を促す一方、9月の代表選出馬には「自分が、自分がとは全く思っていない」と慎重姿勢を崩していない。泉自身も推薦人の確保があやぶまれており、枝野の再登板がささやかれるものの、東京で足をすくわれた立憲の立て直しは未知数だ。

流動化の先は

 一躍、時の人となった石丸は、次期衆院選で岸田の地元・広島1区からの出馬可能性にも言及している。自民党内には「石丸さんが新党を作れば怖い存在になる」という警戒感と、「個人の選挙と政党が戦う国政選挙は別物」「石丸氏は今がピークではないか」と疑問視する声が錯綜し、評価は定まらない。いずれにせよ、今後の国政選挙に向けた石丸氏の動向に与野党は気を揉むことになりそうだ。

 自民党の次期総裁候補とみなされる有力者たちは、裏金事件を受けた派閥解散で党内勢力が流動化し、なかなか明確な動きを取れずにいる。元幹事長の石破茂、デジタル相・河野太郎、経済安全保障担当相・高市早苗、元環境相の小泉進次郎、前経済安保相で二階派の小林鷹之ら、永田町で何人も名前は挙がれども、それぞれが出馬を模索しながら流れを見定めようとしている段階だ。綱引きが表面化するのは「お盆明けごろ」(自民関係者)との見方がある。

 同盟国・米国では、次期大統領選の共和党候補・トランプが銃撃されるという衝撃的な事件も発生した。ドラクロワの名画「民衆を導く女神」にも似た、撃たれた直後のトランプが流血しながら拳を突き上げる写真がSNSで拡散した。現大統領バイデンは高齢批判がやまず、選挙戦から撤退に追い込まれた。

 次の自民党総裁は「何をするか分からない」トランプのリスクに直面しかねない。経済再生と国際情勢の安定という重責を果たせるリーダーは誰か。日本の針路を誤らないよう、熟慮と熱意ある国政のかじ取りが求められている。(敬称略)