日本IBMは8月8日、オンラインでビジネスにおけるAI活用を加速する包括的なフレームワークである「デジタル変革のためのAIソリューション」に関する記者説明会を開催した。
生成AIは夢物語ではなくなった
同ソリューションは、日本IBMが今年3月に発表した「IT変革のためのAIソリューション」を拡張し、IT変革だけでなくビジネス変革を含む全社的なデジタル変革におけるAIの実用化を加速するものとなる。
日本IBM 執行役員 コンサルティング事業本部 ビジネス・トランスフォーメーション・サービス事業部長兼最高情報セキュリティー責任者の川上結子氏は「もはや生成AIは一過性のトレンドではなく、ROI(投資対効果)は急速に向上している。昨年、生成AIに対する期待は懐疑的な部分があった。しかし、今年に入ってからは確信に変化しており、夢物語ではなくなっており、ROIは13%から31%に急上昇している。これだけの価値を生むものを使わないわけがなく、企業にとって必要不可欠になっている」と強調した。
企業では、生成AIの本格活用により企業価値の向上を目指しているが、そう容易いものではないのは自明だろう。この点について、川上氏は3つのポイントを示した。
1つ目は個別分散的のみならず部門・ビジネスを横断して本格的に取り組むこと。2つ目は自社・業界など独自データを活かすための高度なAI活用とし、3つ目はAIスキルの獲得を促進して、テクノロジーやノウハウが全社的に行き渡る仕組み・環境を整備していくことを挙げている。
また、全社的なアプローチに向けて同氏は非コア業務などの低リスク領域で効率化の機会を探索する「実験的アプローチ」と、コア業務をはじめ高リスクだが本格的な変革には不可欠かつ重要なビジネス機能を強化する「重点的なアプローチ」の両輪で進めていくことの重要性を説いている。
こうした、AIの本格活用を支援するため、同社ではフレームワークとしてデジタル変革のためのAIソリューションを提供するというわけだ。川上氏は「全社的な活用に向けて企業のニーズに応じた領域から着手が可能。ビジネス変革とIT変革の両面で全社的なデジタル変革におけるAIの実用化を加速できる」と話す。
4つのコンポーネントで構成する「デジタル変革のためのAIソリューション」
新ソリューションは「AI活用プラットフォーム」「AI戦略策定とガバナンス」「ビジネス変革のためのAI」、そして今年3月に発表したIT変革のためのAIの4つのコンポーネントで構成。
各コンポートネントにはIBM製品とRed Hat製品、IBM Consultingのアセット、MicrosoftやAWS(Amazon Web Service)、SAPといった戦略的パートナーとして協業している企業の製品が含まれている。
AI活用プラットフォーム
AI活用プラットフォームについて、日本IBM IBMフェロー コンサルティング事業本部ビジネス・トランスフォーメーション・サービス事業部 CTOの倉島菜つ美氏は「AIを活用していくためには、全社的な戦略にもとづくプラットフォーム・環境が必要になるが、いかに社員がスムーズに受け入れるかに懸かっている。そのため、従業員の方が生成AIとどのように向き合い、活用していくかがポイントになる。また、生成AIのユースケースは従来のITプラットフォームでは対応できないスピードや柔軟性、接続性などが必要となる」と述べた。
こうしたことから、安全で柔軟かつオープンなAIプラットフォームは、試行錯誤と学びから集団としての知見を最大化し、成長とイノベーションのマインドセットを醸成することで、イノベーションを創出できるという。AI活用プラットフォームは、データ層とAIガバナンス技術、マルチ基盤モデル、アプリケーション基盤などを構成要素としている。
具体的なプラットフォームの1つとして倉島氏が紹介したものが「IBM Consulting Advantage」だ。これは、他社製のLLM(大規模言語モデル)を含む幅広いAI活用ソリューションを統合して利用することを可能とし、IBM Consultingのサービスと組み合わせることで、AI活用に伴うさまざまなリスクを管理しつつAIの実用化と本格活用を加速できるというもの。
同氏はIBM Consulting Advantageに関して「将来的な利用拡大を見据えてスケーラビリティを担保し、ユーザー認証やデータ保護などセキュリティにも考慮している。また、MicrosoftやAWS、SAP、Salesforce、Adobe、そのほかのLLMなどのソリューションとの統合をサポートする」と説明した。
AI戦略策定とガバナンス
AI戦略策定とガバナンスについて、日本IBM パートナー コンサルティング事業本部 ビジネス・トランスフォーメーション・サービス事業部 戦略コンサルティングの田村昌也氏は「戦略策定したり、ガバナンスを推進したりすることは、さまざまなお客さまとともにPoC(概念実証)に取り組んでいる」という。
田村氏は、その具体例としてAI活用組織成熟度アセスメントによる現状の可視化、各業界・業務にわたる生成AI事例・知見DBを備える業務分析ツール「CMB.ai」、同社での実践にもとづくAIガバナンスの利活用への組み込みを挙げた。
企業における全社横断でのビジネス価値創出に向けて、IBMでグローバルに蓄積された各業界・業務のAI知見を活用し、部門横断的な事業価値創出に繋がる重点領域の特定、技術進化を見据えたAI活用方針策定、本格活用におけるリスクを統制するためのガバナンス体制の確立など、「攻め」と「守り」の両面における全社の戦略・組織・プロセス・人材を共創するという。
田村氏は「ツール・メソドロジーを使いながら戦略・方針の策定、『IBM Garage』でアプリケーションを実験することと並行しながら、AI活用組織のプロセスや体制を整備をはじめ、本格的に活用するまでエンドツーエンドで支援していく」と説く。
ビジネス変革のためのAI
ビジネス変革のためのAIは、業界固有のプロセスに特化したAIソリューションに加え、製品・サービス、顧客接点、ビジネスプロセス最適化、人材管理、サプライチェーン、日常業務といった主要なユースケースに最適化されたAIソリューションを提供する。
インダストリーのためのAIは金融・製造・流通・通信・公益・公共・医療など、さまざまな業界に特化したAI、製品・サービスのためのAIは自社製品・サービスの新規開発・改善を効率的かつ効果的に実施するためのAI、製品・サービスそのものに組み込むAIとなる。
また、顧客接点のためのAIは企業のあらゆる顧客接点を変革するAIとして、セールスのためのAI、マーケティングのためのAI、CRMのためのAIなどを包含し、ビジネスプロセス最適化のためのAIは経理財務・人事・購買などの人が行う業務の高度化・自動化を通じて、業務・サービスの生産性、品質、価値の向上を実現するAIとして位置づけている。
さらに、人材管理のためのAIは点在する人材データを活用した、従業員体験の向上や人的資本の活用効率最大化のためのAI、サプライチェーンのためのAIはサプライチェーンにおける業務・部門間の連携や調整業務、複数担当者の合意などの意思決定を含む幅広い業務の自動化、高度化、効率化を実現するAI、日常業務のためのAIは文書作成や大量文書の分析・要約から、コード生成などの専門スキルを要する作業まで、社員の業務生産性の向上、付加価値創出を実現するAIとしている。
事例として、宮崎銀行はインダストリーのためのAIを活用し、属人手で業務負荷の高かった融資稟議書の作成時間を95%削減して、事業拡大につながる融資計画の策定に注力し、ビジネス変革の推進を実現。また、金融サービス向けDSP(デジタルサービスプラットフォーム)の「DSP生成AI拡張機能」で短時間で安全な環境下で生成AIの導入を可能とした。
加えて、京都大学ではインダストリーのためのAIと製品・サービスのためのAIを活用。IBMとAIを活用した難病情報照会アプリケーションとして、患者および家族をはじめ一般市民向けの「Rare Disease-Finder(RD-Finder)」と、医師や研究者向けの「Rare Disease-Finder Pro(RD-Finder Pro)」を共同開発。
そのほか、パナソニックグループはビジネスプロセス最適化のためのAIと、人事管理のためのAIを活用し、ワンストップ人事サービスを構築。従来は問い合わせ先が分散し、人事関連の情報取得や申請がスムーズに進められていなかったほあ、問い合わせ対応による人事担当者の業務負荷が高いことが課題になっていた。
同サービスの構築により窓口が集約され、パーソナライズされた情報提供や会話形式での自動解答・申請、生成AIが事業会社ごとの個別規定の回答などを行うことで、情報・問い合わせ先を探す時間の削減や自己解決比率が向上し、負荷の低減が図れているという。
IT変革のためのAI
すでに、発表されているIT変革のためのAIではシステム開発や運用などにAIを活用することで、省力化や生産性向上、有識者の知見の大規模言語モデルへの取り込みが可能となり、情報システムに携わる人々の働き方を変革するとしている。
すでに、複数の企業で当ソリューションを活用し、AIを活用したシステム構築モダナイゼーション(近代化)とIT運用の自動化、それぞれにおいて生産性向上を実現しているとのことだ。
生成AIのCoEを日本IBMで設立
一方、日本IBMとしても企業を支援していくために組織体制を整えている。昨年6月にグローバルの組織として「CoE(Center of Excellence) for Generative AI」を設立しており、4万件以上のプロジェクトを支援し、2万1000人のデータサイエンティストやAIコンサルタントが所属。日本IBMでは今年8月に日本のCoE Generative AIのチームを発足し、まずは20~30人のメンバーが活動している。
また、各ビジネス変革領域の専門性を持つチームがAIの実用化と本格活用を推進していく。そして、地方自治体や顧客、地域の協力会社との共創を通じてDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する「IBM地域DXセンター」の那覇、北九州、札幌の拠点でAI First BPO(Business Process Outsourcing)サービスの体制を整備。AI First BPOサービスとは、AIを前提に業務全体を再設計し、AIを活用した自動化や業務の高度化を推進していくものとなる。
川上氏は「デジタル変革のためのAIソリューションでITとビジネスの両面において、制約がない形で全社的なデジタル変革、AIを実用化してAIファースト企業を創出していく。さらに、AI活用プラットフォームを高度なAIモデルの活用と、業務横断的な価値創出を全社的に促進するために活用する。すでに、複数の企業では当社とともにAIの本格活用を進めており、全社的な攻め・守りのAI戦略策定とガバナンスのアプローチに加え、ビジネス変革のためのAIの各領域で実例があることから、アップデートして生きたフレームワークとしてお客さまを支援していく。日本にAIファースト企業を増やしていくことで日本の企業価値を向上する」と述べ、結んだ。