土壌中に存在する放線菌が産生する「プラディミシンA」という天然物質が、新型コロナウイルスの感染を抑えることを、名古屋大学などの研究グループが発見した。ウイルス表面のスパイクタンパク質に存在する糖鎖に選択的に結合し、ヒトの細胞に刺さるのを防いでいるという。変異株に有効な感染阻害剤としての新薬開発を期待している。

プラディミシンAは日本人が1980年代に微生物の放線菌から発見した低分子化合物。100ミリリットルの放線菌を培養すると30ミリグラムが採れる高収率の天然物質だ。このプラディミシンAは糖の中でもマンノースにだけ水中で結合する特徴を持つ。同じ糖のグルコースやグルコサミン、ガラクトースには一切結合しない。

名古屋大学糖鎖生命コア研究所の中川優(ゆう)准教授(天然物化学)らの研究グループは、プラディミシンAがマンノースのみに結合する理由や、その選択性を生かした使い方ができないかといった研究を続けてきた。そこに新型コロナウイルスのパンデミックが発生。他大学と共同でウイルスへの応用研究ができないかという話になった。

新型コロナウイルスにはスパイクタンパク質があり、ヒトのタンパク質に結合することで感染する。中川准教授らは、スパイクタンパク質には糖が鎖のように連なった「糖鎖」が多く存在することに着目した。糖鎖にはヒトの抗体にスパイクタンパク質の存在を認識させないようなバリア機能を持つと考えられている一方、マンノースが多く含まれている。

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    プラディミシンAがマンノース(緑色)と結合している分子モデル。カルシウムイオンがシールのように働いて2つの化合物を結合する(名古屋大学提供)

このことから、プラディミシンAが糖鎖のマンノースに結合することでスパイクタンパク質の表面がコーティングされたような状態になり、ヒトの細胞に刺さらずに感染しなくなるのではないかという仮説を立てた。

まず、糖鎖にプラディミシンAが結合する点について詳しく調べた結果、その可能性が高いことを確認。これを基にした感染阻害試験では、約10マイクロモーラー(マイクロは100万分の1)のプラディミシンAでウイルス感染率をほぼゼロにできた。ある一定の濃度を超えて作用させるとウイルスの感染率はゼロに近い値を示すことが分かった。また、濃度を100マイクロモーラーにしてもヒトの気管支上皮由来の細胞の生存率はほぼ100パーセントを保ち、濃度を上げたことによる細胞毒性も確認されなかった。

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    プラディミシンAを、濃度を変えて作用させたときのウイルスの感染率(青色)と、ヒトの気管支の上皮細胞の生存率(赤色)の比較。高濃度でも安全に阻害できることが分かる(名古屋大学提供)

更に、変異が多い新型コロナウイルスの特徴に対応できるかどうかを検討した。新型コロナウイルスの変異は何度も確認されているが、これらはタンパク質の変化なので、糖鎖には影響がなく、プラディミシンAはいずれのケースでも作用できる。もし糖鎖自体が減少する変異が起きたことを仮定した場合、バリア自体が「手薄」になることを意味するため、ヒトの抗体によって免疫での排除が起こり、感染を防ぐことができる。つまり、どちらに変異しても対応できると中川准教授らは考えている。

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    ウイルスが2パターンで変異した場合、いずれのケースでもPRM-A(プラディミシンA)によって感染が防げることのイメージ図(名古屋大学提供)

なお、別の研究で同じように糖鎖に結合するタンパク質「レクチン」も新型コロナウイルスを抑制するという報告がある。しかし、レクチンは高分子タンパク質のため、大量に作りにくい、変性しやすい、有害な抗原抗体反応を引き起こす危険性があるという欠点があった。プラディミシンAはこれらの欠点をうまくカバーできることが期待できるという。

欧州の研究グループはプラディミシンAが抗エイズウイルス作用を持つことも発見しているという。中川准教授は「糖を選択的に結合するということと、低分子であることから創薬しやすいはずだ」と話す。実際の薬にするにはより低濃度で効果が発現する必要があり、今より10倍の活性が求められる。今後はそのような誘導体を作りたいという。名大と富山県立大学だけがこの放線菌の培養技術を持っているため「他国よりたくさんのプラディミシンAを採れるアドバンテージがある。新薬にできるよう、研究を進めたい」としている。

研究は日本農芸化学会、長崎大学高度感染症研究センター、日本学術振興会の科学研究費助成事業の助成を受けて行われた。成果は4月18日にオランダの化学誌「バイオオーガニック アンド メディシナル ケミストリー」電子版に掲載され、7月3日に名古屋大学、長崎大学、広島大学、富山県立大学、大阪大学が共同で発表した。

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