「原材料価格上昇で必要」vs「アンフェアだ」─。円安下の二重価格を巡って現場は混乱

二重価格制の論議が賑やかだ。コロナが昨年5月に5類移行にともない2023年の訪日客は2500万人を超え、今年はコロナ前を突破しそうな勢い。長らく円安が続いていくなか観光や飲食店経営のコストアップにつながり、訪日外国人は日本人より高く設定する二重価格制を導入しようという意見が活発化している。しかし現場では「どうやって日本人と訪日外国人を区別するか」、「アンフェアではないか」という意見もあり問題解決は一筋縄ではいかない。一方で世界の国々では成功例もある。価格設定はどう行うべきか─。

意見が分かれる二重価格制

飲食業界では慎重

 止まらない円安の中、それとともに訪日客は3月から3カ月連続で月300万人を突破。日本政府観光局(JNTO)」によれば、24年1~5月の訪日外客数は1464万人、昨年の約1.7倍に膨れている。

 インバウンド客急増により、外国人観光客と日本人とを分ける二重価格制について議論が巡っている。観光地での入場料や公共交通機関は差をつける動きが活発化。姫路市長が姫路城の入場料を現在1000円のところ、外国人観光客には約30ドルで日本人は約5ドルにすることを検討していると発言し話題にもなった。23年には混雑緩和のためJRグループが外国人向け乗り放題パス「ジャパン・レール・パス」は最大7割の値上げがされた。

 海外では観光地ギザのピラミッドの入場料は地元民の約9倍、インドのタージマハルは22倍の差があるなど、こういった例は多い。

 都内の飲食店では接客に日本人よりも時間がかかることを理由に二重価格制を導入する店も増えてきた。外国人観光客用価格を提示するのではなく、日本人に割引を行うという実質的な二重価格制である。利益は多言語に対応するメニューを作成する等更なるサービス向上に向けた新たな投資に充てるという。

しかし現場の声は…

 一方で大手外食企業は訪日観光客向けの二重価格には慎重だ。複数の企業関係者者からは「国籍で価格を変えることには抵抗がある」「顧客とのトラブルの元になりかねない」「検討には上がっているが慎重にやっていく必要がある」という意見が挙がり、「一切考えていない」と答える企業も複数。価格差を設け客単価が高い外国人観光客に向いた商売になっていけば、インバウンドの熱が冷めた時に地元客が戻らず、経営が難しくなるという懸念を示す経営者もいる。多数の店舗を持つ大手企業の舵切りは簡単ではない。

 価格の柔軟性についてはこれまでも例がある。ここ数年のエネルギー含めた原料高や人手不足を受け、2016年から回転寿司最大手の「スシロー」、昨年23年には日本マクドナルドで都心型価格が導入され、店舗ごとに異なる価格設定は消費者にも浸透しつつある。チェーン店でありながら独自の経営を行う飲食店もある。場所に関わらず店舗ごとに価格設定が異なる経営を行うのが、全国330店舗を展開する税抜500円ワンコイン海鮮丼店「丼丸」を運営するササフネ。

 同社の社長亀山政典氏は、二重価格制について、築地・豊洲市場での一杯2万円海鮮丼があることにも触れ、「人の顔をみて商売するのは公平ではない。一時的に利益を得ても、中長期で見ればいつかしっぺ返しがくる。リピーターは生みづらい」と反対意見を表す。

値付けは価格と満足度の均衡点

「100店舗あったら100通りのやり方がある。1つのやり方でやった場合、傾いた時に全部共倒れになる。常に状況に応じて利益を考える頭の柔らかさが経営者には必要。その集合体の多様性が強み」と亀山氏。

 同社は1979年創業の老舗寿司屋から始まり、2007年に海鮮丼テイクアウトとして業態転換した海鮮丼テイクアウト専門店のパイオニアである。寿司屋時代からの独自仕入れルートが強みで安価でも質の良いものにこだわる。原価率は一般的なお店が35%程度のところ、同社は全国平均56%と非常に高い。満足度を重視しリピーターが8割の地域密着型の店づくりを行う。コロナ禍以前と比較し全国店舗平均で10%売上は伸長。

 全店のうち直営4店以外はフランチャイズ店(FC)で、FC店舗の経営は全面的に自由とし、ノウハウ共有はあるがマニュアルやルールは一切ない。のれん代として月33000円がかかるが、仕入れ、価格設定を含めすべてオーナー次第。お客に選ばれない店舗は自然に淘汰されるという市場原理に立ち、本部による制約はない。そのため店舗オリジナル商品や焼き鳥、おつまみを併売するなど、販売促進施策も全て自由。価格は創業以来変わらない500円を基本商品として据えているが、値付けは店舗の自由。

 例えば大島店では高級食材のウニ・いくら・中とろの差別化できる商品はプレミアムシリーズとして780円で販売。その代わりネタは高いものを仕入れる。顧客は質やサービスが落ちればすぐにそれを見抜く。現在全国売上トップ店は愛知県「浜とみ津島店」。ここでは月800万円を売り上げる。都心中心部の店舗ではないという点が驚くべき点だ。

「経営不振店舗の多くは原価を極力下げる経営になっているので極力原価を上げる指導をする。価格に対して顧客の満足感が常に上回ること」これが値付けの本質だと亀山氏は強調する。

 また丼丸では毎月3日間消費税がかからない日があり、この日は通常の3倍の売上がある。

「40円違うだけだがこれが現実。毎日通ってくれる方もいるので価格を維持するためにふんばり時」(同氏)。円安・原材料高騰などで市場状況が変わる中でも、長期的に顧客と関係が続くよう豊富なメニューと多様な価格戦略で生き抜いている。

 顧客の満足度は中身と価格のバランスだ。二重価格制の導入で価格を区別したとしても、価格を上回る満足感を得られる工夫が必須と言えそうだ。