理化学研究所(理研)は8月5日、世界トップクラスの性能を持つスーパーコンピュータ「富岳」を社会基盤として定着させ、社会課題解決を一層加速させることを目的に、高度に整備されたソフトウエア群をクラウドサービスや「富岳」以外のコンピュータ上でも利用できるようにする「バーチャル富岳」プロジェクトの成果の一環として、バーチャル富岳の初版の提供を開始したことを発表した。

同成果は、理研 計算科学研究センター 運用技術部門によるもの。

  • スーパーコンピュータ「富岳」

    スーパーコンピュータ「富岳」 (C)理研(出所:理研Webサイト)

バーチャル富岳は、「富岳」のCPUである「A64FX」と互換性があり、アマゾン ウェブ サービス(AWS)が提供するCPUである「Graviton」を対象として、「富岳」向けに整備されたソフトウェア群のうち、利用頻度の高いものを抽出し、それらのバイナリを一体化して配布するという。新規のスパコンやクラウドサービス上にバーチャル富岳を導入することで、いわばプライベートな「富岳」を構築することができるようになるとする。また、今回のAWSのように商業サービスとして提供されるプライベートな「富岳」においては、成果公開の義務はなく、高い秘匿性が担保された環境が利用可能。

たとえば、これにより、「富岳」では研究開発段階のアプリケーション(シミュレーション)の研究・開発が行われ、その後、それらの成果などを用いて、実際の製品/商品の開発を秘匿性の高いAWS環境で行うといった使い分けをアプリケーションの大規模な改修を行うことなく円滑にできるようになるという。また逆に、AWS上の小規模な環境で基本となるプログラムの開発や基本的な動作検証を行い、その上で「富岳」では「富岳」でしか行えない超大規模な計算を行うことも容易にできるようになるとする。

  • 「バーチャル富岳」の概要

    「バーチャル富岳」の概要 (C)理研(出所:理研Webサイト)

さらに理研では、バーチャル富岳の試験環境として「AWS Graviton3E」を採用した「Amazon EC2 Hpc7gインスタンス」を中核としたクラウドリソースの提供も開始。このバーチャル富岳の試験環境は、「富岳」利用者であれば誰でも利用可能であり、バーチャル富岳を試してみたい利用者はもちろんのこと、将来のバーチャル富岳へソフトウェアの提供を検討しているソフトウェア開発者が開発環境として使うことも可能だという。この試験環境を広く利用してもらうことで、バーチャル富岳を構成するソフトウェア群の過不足や版数の組み合わせ条件などのトレンドを把握し、バーチャル富岳の構成要素を継続的に見直していくとした。

バーチャル富岳は、スパコン向けソフトウェアの業界標準を、「富岳」の実績に基づき定義・展開・維持していく試みといえるとする。スパコン向けソフトウェアは、ハードウェアの進歩に伴いアップデートが行われると共に、データサイエンスやAI技術など、ソフトウェア技術の進歩に伴ってもアップデートが日々行われている。スパコン向けソフトウェアの業界標準を目指すプロジェクトは、これまでにもいくつか存在していたが、基本的にはボランティアベースで標準構成の定義と、その組み合わせで不具合が発生しないかの検証を行うに留まっており、最終的にはハードウェア、ソフトウェアの技術革新に追従することができず終息するものが多かったと考えられるとする。

バーチャル富岳は、現在まさに運用に供されている「生きたシステム」、しかも「富岳」のように最先端の研究開発を支えることが可能なシステムで使われているソフトウェア群をそのままバイナリで配布することで、従来の業界標準を目指したプロジェクトの課題だった陳腐化を回避できるようになるという。

さらに理研では、科学研究の革新につながる計算可能領域の拡張を目指して、「AI for Science」のための計算環境プラットフォームや、量子コンピュータとスパコンとを有機的に統合利用するプラットフォームの構築などにも取り組んでいるとした。

今後、これらのプラットフォームにおいてもバーチャル富岳を適用することで、将来運用されるさらに発展したシステムで用いられる最新かつ最先端のソフトウェア群により、バーチャル富岳の最新化・最先端化を継続して図っていくことができると考えているとする。それらの取り組みにより、「富岳」が採用しているArm命令セットアーキテクチャとは異なるアーキテクチャのコンピュータシステムでも利用可能なバーチャル富岳を提供することを目指しているとした。「富岳」の後継を目指す次世代フラッグシップシステムに向けても、「富岳」との連続性を担保することが可能になるとしている。