北海道大学(北大)は8月2日、これまで確立されていなかった、柔らかい強誘電分子結晶の機能チューニング手法の開発に成功したと発表した。
同成果は、北大大学院 理学研究院の原田潤准教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する機関学術誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。
無毒で高い加工性を持つ分子性結晶の“強誘電体”が注目されている。高温で柔粘性結晶相となり、室温で強誘電性を示す機能性材料「柔粘性/強誘電性結晶」(以下、P/FC)は、多結晶材料でも強誘電体として機能することが特徴だ。また、粉末を押し固めるだけで簡単に透明な多結晶フィルムが得られるといい、セラミックス強誘電体の代替、またその機能の補完材料として期待されている。しかし、材料として活用する上で必須となる、用途に合わせて機能を調整する方法が確立されていなかったという。
現在幅広く産業利用されている無機酸化物のセラミックス強誘電体も、母体となる酸化物強誘電体に、異なる金属イオンを持つ酸化物を混ぜ合わせた“固溶体”として実用化されている。しかし分子結晶は一般的に溶液から調製するため、溶解度が異なる化合物の固溶体を作製するのは困難だ。そこで研究チームは今回、2種類のP/FCが均一に混ざった固溶体を合成するための手法を開発したとする。
今回の研究では、高性能なP/FCの「過レニウム酸1-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタニウム」(以下、(1))を用いて、「過レニウム酸キヌクリジニウム」(以下、(2))と「過ヨウ素酸1-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタニウム」(以下、(3))という2種類のP/FCのそれぞれとの固溶体を合成したとする。それらはいずれも、分子の形状が似通ったカチオンおよびアニオンからなるイオン性の分子結晶で、水やエタノールに良く溶ける。しかし、たとえば(1)と(2)を1:1の割合で含む水溶液を蒸発させても、(1)と(2)の固溶体ではなく、それぞれの結晶が混在する固体の混合物が得られる。これは、分子結晶の固溶体を溶液から合成しようとする時に頻繁に起こる問題だという。
分子結晶は通常、それを溶かした溶液を冷却する、あるいは溶媒を蒸発させることで作製される。しかし、それらの操作は物質を精製する過程でもあるため、2種類の化合物の溶液からは、溶解度の低い化合物から順に結晶化し、最終的に2種類の結晶の混合物が得られがちだ。また固溶体が得られる場合でも、その組成は原料溶液とは大きく異なることが多く、組成の均一な固溶体を高収率で得ることは容易ではないとする。
そこで今回は、溶液からできるだけ急速に結晶を析出させることで、結晶成長の際に化合物が精製される時間を与えないようにしたという。具体的には、2種類のP/FCを溶かしたエタノール溶液に、これらの結晶を溶かさないヘキサンを大量に加え、結晶を短時間で微細な粒子として沈殿させたとのこと。これにより、原料溶液とほぼ同じで均一な組成を持つ固溶体が90%程度の収率で得られたとした。なおこの方法は、(1)と(2)および(1)と(3)の固溶体のどちらにも適用可能で、いずれも、任意の割合で混じり合った固溶体(全率固溶体)の合成に成功したとしている。
研究チームは、このようにして固溶体を作製することで、強誘電体として利用できる上限温度を、100Kという幅広い温度範囲で自由に変更できたとする。そして、強誘電体の温度変化による分極量の変化を示す焦電性をチューニングし、室温における性能の大幅な向上が実現された。また今回(1)の固溶体を作製することで、その焦電特性を柔軟に調整することに成功したという。たとえば、(1)と(3)を8:2の割合で含む固溶体では、室温の焦電係数pが(1)よりも100μCm-2K-1と大きく向上。また、センサ材料としての評価で重要な電圧応答焦電性能指数(Fv)は、固溶体([AH][Re0.8I0.2O4])で0.80m2C-1であり、広く用いられているチタン酸ジルコン酸鉛のセラミックスの10倍以上の大きさとなっている。
今回開発された固溶体の合成方法は、他のP/FCにも適用可能で、これまで数多くのP/FCが開発されている中、それらの固溶体を合成し強誘電体の機能を柔軟に調整することで、純物質では得られない特性を実現することも可能となるという。研究チームはこのように固溶体に着目することで、純物質の持つ特性への依存から脱却し、目的に合わせたオーダーメイドの機能材料を調製する段階に研究開発を進めることが可能とする。それにより、従来用途でのP/FCの実用化に向けて大きく前進すると共に、同物質が持つユニークな特性を活かした、従来材料では不可能だった新しい用途につながることも期待されるとしている。