「これだけIoTが言われている世の中にあって、オフィス什器はIoT化されていない」と話すのは、イトーキ社長の湊宏司氏。オフィス家具のイトーキは今、ITを活用した新たなビジネスモデル構築に取り組む。家具販売に始まり、今は企業のオフィスレイアウトや働き方のコンサルまでになったが、今後はITを活用して事業を深化。これまでの業界の常識をも変えようという湊氏の戦略とは。
製品販売からコンサル、さらにIT活用へ
「オフィスは何のためにあるのか。究極に推し進めると、生産性を上げるためにあると言える」と話すのは、イトーキ社長の湊宏司氏。
オフィス家具大手のイトーキが、新たな戦略を進めている。湊氏はイトーキが考えるオフィスのあり方を「オフィス1.0」、「2.0」、そして「3.0」というバージョンで定義している。
「1.0」は椅子やデスク、キャビネットといったオフィス家具などの商品販売ビジネス。そう簡単ではないが、差別化された機能を持つ商品を生み出すことが競争力につながる世界。
そして「2.0」は空間デザイン、さらには働き方コンサルティングを提供するといった「ソリューション提供ビジネス」。イトーキは現在、この段階にある。『明日の「働く」をデザインする。』をミッションに掲げて、社内に160名のデザイナーを置き、オフィスのデザイン、内装工事、什器提供まで一貫で手掛ける。
「上流工程に行くことで、案件のサイズは大きくなるし、勝率も高くなる。これはハードウェアからコンサルティングへという形で、ITがかつて来た道」と湊氏。
オフィスデザインやコンサルの過程で顧客と対話する中で、様々なニーズを掘り起こす他、完成したオフィスについて聞き取りし、データを蓄積する。
「今、『行きたくなるオフィス』が流行のキーワードだが、出社率が上がればそれでいいのではなく、オフィスに来て生産性が上がることが重要」(湊氏)
そして今、イトーキが進めているのが「オフィス3.0」への移行。湊氏はこれを「ITとオフィスは切っても切れない。オフィスが出来た後が重要。データドリブンにオフィス運用をサポートしていく」と表現する。
この事業の背景には、湊氏のこれまでの歩みが反映している。湊氏は1994年東京大学経済学部卒業後にNTTに入社。米サン・マイクロシステムズを経て、18年から日本オラクル副社長COO(最高執行責任者)を務めた後、21年にイトーキに転じ、22年3月社長に就任。
その経験から湊氏には「オフィスは生産性を上げるためにある。だが、これだけIoTが言われている世の中にあって、オフィス什器はIoT化されていない」という問題意識があった。
前述の160名いるオフィスのデザイナーは年間約1万件のレイアウトを手掛けているが今、そのレイアウトをAI(人工知能)に読み込ませている。
24年2月には、顧客の社内のデータを基にオフィスの構築・運用を支援するコンサルティングサービス「データトレッキング」の提供を開始した。
さらにはオフィス什器にセンサーを付けることで、どこでどう使われているか、どの場所に置けばより使われるのかといったデータを取得できるようになる。「我々が提供するオフィス什器をIoTデバイスとみなして、お客様に生産性を上げるための提案をしていく」
24年7月には、電子タグ技術を持つ日本のスタートアップ、RFルーカスへの出資を発表。RFルーカスは電子タグを電波で読み取って管理する自動認識技術「RFID」に強みがある。すでに小売、製造、物流の大手などを中心に実績を持つ。
オフィス什器を電子タグで管理、イトーキの持つデータと連携させることで、前述のサービス「データトレッキング」の質を向上させる狙いがある。
もう1つ、この「オフィス3.0」への取り組みは、イトーキのビジネスモデルを変える可能性もある。家具業界は製品販売が中心の「フロービジネス」が主流。一方、湊氏が身を置いていたIT業界はソフトを販売した後の保守、つまり「ストックビジネス」でも利益を上げている。「オフィス3.0」戦略は、イトーキの中で「ストックビジネス」を構築する取り組みでもあるということ。
湊氏はイトーキに転じてから「なぜIT業界からオフィス家具業界へ?」と問われることが多かったという。それは一般的に人口減少や、テレワークの増加でオフィス家具業界の先行きは厳しいのではないかと見られていたから。
その見方に対し湊氏は「そうではない」と否定した上で、今回の取り組みを「輝かしい未来を示す意味でも意味のあること」と話す。
「人が自宅の次に多くの時間を送るのは、将来においてもオフィスだと思う。そこでの生産性を上げることは、イトーキということだけでなく、日本全体の生産性を上げていくことにも寄与できるのではないか」
今、レイアウトや機能を含めたオフィスのあり方は、学生など応募者の企業選びに大きな位置を占めている。経営者にとっても「人的資本投資」の流れがある中で、オフィスへの意識が高まる。イトーキ中央研究所の調べによると、働き方を3年以内に見直した方がいいと考える企業は68.2%、働く場所を3年以内に見直した方がいいと考える企業は56.1%に上る。
本音の話し合いやアイデアを生み出す時には、やはりオフィスでリアルに対話する方がいいと考える経営者は、IT業界の中にも多い。
この企業のニーズをいち早く掴み、サービスを提供することが、規模に勝るコクヨやオカムラといった競合他社との差別化、「量から質」、利益重視による戦い方の変化につながることになる。