【政界】退陣不可避論が広まる岸田政権 求められる政策重視の自民党総裁選

東京都知事選は小池百合子知事の3選で幕を閉じ、政界の焦点は9月予定の自民党総裁選に移った。岸田文雄首相が再選への意欲を隠さない中、複数の「ポスト岸田」候補も事実上名乗りを上げ、はや混戦模様。自民党派閥の裏金問題に端を発した派閥解消に伴う「派閥なき総裁選」は現職の自民党議員にとっては未体験で、混迷に拍車をかける。そんな中、国際情勢は一層先が見通せず、経済情勢も先行き不透明な状況。国の舵取りを担うリーダーを選ぶ政策重視の総裁選になるかどうかが問われている。

起死回生の一策

 都知事選の結果に、小池を支援した自民党幹部は「なんとか踏みとどまった」と胸をなでおろした。4月の衆院3補欠選挙全敗に続き、5月以降の静岡県知事選、東京・港区長選などで自民党候補が負け続けていたからだ。

 ただ、同時に行われた都議補選では、自民党が公認候補を擁立した8選挙区で2勝6敗に終わった。裏金事件が影響したとみられ、総裁選再選を目指す岸田にとって不安は残ったままだ。

 一時は6月23日に閉会した通常国会会期末の解散・総選挙断行もささやかれたが、岸田にその体力はなかった。内閣支持率が低迷するだけでなく、政治資金規正法改正を巡る自民党副総裁の麻生太郎との軋轢、もともとそりが合わなかった幹事長の茂木敏充の総裁選意欲表明で「三頭政治」も崩壊した。

 2022年の安全保障3文書の決定など「安倍晋三政権でもできなかったことをやった」と周囲に語る岸田の実績に対する評価は党内でも一定程度ある。だが、次期衆院選、来年夏の参院選を考えた場合、不人気の岸田では戦えないとの空気は確実に広まっている。

 では、窮地の岸田は総裁選出馬をあきらめたのか。決してそんなことはない。3年ぶりとなった6月19日の党首討論で、その一端をのぞかせた。

 岸田は立憲民主党代表の泉健太と向かい合い、憲法改正について「具体的な改正の起案について議論を始めるよう協力をお願いしたい」と訴えた。行政府の長である首相が国会の場で野党党首に憲法改正の議論を直接促すことは極めて異例だった。

 憲法改正を党是とする自民党の議員から拍手がほとんど起こらず、今の岸田の状況を象徴していたが、一番面食らったのは泉だった。憲法改正の「質問」は想定外だったようで、様々な理由をつけて憲法改正議論に消極的であるにもかかわらず、「議論するのは当たり前だ」と述べるのが精いっぱいだった。

 岸田側近は「首相は憲法改正への思いが強い。9月までの総裁任期中の実現はさすがに難しいが、一歩でも前に進めようと考えている」と解説する。

 首相は党首討論前に衆参憲法審査会の与党筆頭理事、党憲法改正実現本部の幹部、衆参国対委員長にそれぞれ閉会中に審査会を開催し、具体的な条文化に向けて作業を加速するよう指示した。9月の総裁任期までの実現を公言してきた手前、条文化すらできなければ「嘘つき」と呼ばれても仕方ない。一方、憲法改正原案を国会に提出すれば現行憲法下では初めてであり、一歩前進したことを形で示すことができる。

3年前の意趣返し

 そこで検討されているのが、改憲に反対・慎重な立民や共産党を除き、自民、公明、日本維新の会、国民民主各党と衆院会派「有志の会」の5会派による条文化作業の推進だ。大規模災害時などに国会議員の任期を延長する緊急事態条項に関しては、すでに5会派で論点整理を行っており、岸田周辺は「いつでも条文化できる」と語る。

 総裁選日程が決まる8月下旬までに、それぞれ党内手続きを経て了承されれば、総裁選前に憲法改正原案を憲法審に示すことは可能だ。憲法改正原案は審査会が提出する場合以外にも、衆院議員100人以上、もしくは参院議員50人以上の賛成で提出することも可能で、提出するだけならハードルは低い。

 日程はかなり窮屈で、強引だとの批判が出ることは必至だ。しかし、自民党は自主憲法の制定を党是として1955年に発足したにもかかわらず、70年近く経過しても実現できていない。岸田は「憲法改正の前進に反対する自民党議員はいない」と考えており、総裁選再選に向けた起死回生の策にしようとしている。

 そんな岸田をよそに、ポスト岸田の動きは活発化している。仕掛けたのは今やキングメーカー然としている前首相の菅義偉だ。6月中旬以降、茂木、元幹事長の石破茂ら「ポスト岸田」候補と次々と会合を開き、同月23日公開のインターネット番組では各者の寸評を披露。これによって自民党内は総裁選一色の様相となった。総裁選の動きが3カ月も前から表面化することは最近では例がない。

 菅の狙いはただ一つ、「岸田おろし」しかない。派閥の解消など岸田の決断を評価する面もあるが、両者の関係は冷え込んだままだ。振り返れば3年前の2021年夏、首相だった菅に対抗して総裁選出馬を表明した岸田は、菅を支えていた二階俊博が5年にわたり幹事長を務めていたことを念頭に、幹事長を含む党役員の任期を「1年1期・連続3期まで」とする考えを表明。結果的に「菅おろし」の口火を切った。菅の最近の言動が、その意趣返しであることは明白だ。

 3年前の政局の構図は今年と似ている。新型コロナ禍や緊急事態宣言下での東京五輪開催で菅内閣の支持率は30%前後に低迷。そんな中、菅は21年8月、原爆が投下された広島市での平和記念式典であいさつ文の一部を読み飛ばし、長崎での式典には遅刻し、印象を決定的に悪くした。同月22日投開票の横浜市長選では、閣僚を辞任して臨んだ側近の小此木八郎が敗北。地元の市長選でも勝てなかったことで自民党内では「菅首相では選挙を戦えない」との声が一気に広まり、9月の総裁選出馬を断念した。

 先のネット番組で、石破、茂木に加え、デジタル相の河野太郎、元環境相の小泉進次郎、元官房長官の加藤勝信について問われ、いずれも前向きに評価した菅は「誰であっても岸田に勝てる人」を慎重に品定めしている。

異例ずくめの総裁選

 一方、ポスト岸田の面々で大きな流れを作り出す人物は依然、見当たらない。「自分が首相になればどうするかを常に考えていなければならない」と語る石破は今回出馬すれば5回目の挑戦で、敗れれば政治生命が終わる可能性がある。世論調査では人気が高いが、党内での人気は低迷。粉骨砕身支える議員が見当たらない。

 茂木は「首相になりたいとは思わないが、首相になってやりたいことはある」と意欲を隠し切れない様子だ。「夏の間考えたい」と態度を明らかにせず、不出馬にも含みを残すが、自民党の一連の不祥事は、岸田を支えなかった幹事長の茂木の責任との声も根強い。麻生と良好な関係を築いてはいるが、麻生派幹部は「会長(麻生)が茂木を総裁選で推すという話にはなっていない」と明かす。

 3年前の前回総裁選に立候補し、岸田に敗れた河野も出馬を模索する。すでに所属する麻生派会長の麻生にも意欲を伝達した。ただ、後ろ盾だった菅は、麻生派を離脱しない河野と距離を置く。石破同様、淡泊な性格の河野の党内人気は低いままだ。

 経済安全保障担当相の高市早苗は、岸田内閣の閣僚である間は出馬を表明しにくい環境にあるが、立候補は既定路線だ。とはいえ、党内で支持の広がりを欠く。昨年秋に勉強会を立ち上げたものの、総裁選立候補の推薦人に必要な20人を大きく上回る状況にはない。前回総裁選で後ろ盾となった安倍はもういない。安倍の三回忌命日の7月8日に新著を出版した高市に、保守派の砦として期待する向きもあるが、「なんでも一人でやろうとして他人に仕事を任せられない性格」があだになっている。

 岸田が総裁選に出馬し、閣僚・党幹部の茂木、河野、高市もそのまま総裁選に出馬すれば、1978年の総裁選以来、46年ぶりに現職と党幹部らが争う異例事態となる。78年の総裁選は、当時首相だった福田赳夫に対し、幹事長の大平正芳、総務会長の中曽根康弘、通産相の河本敏夫が挑み、大平が福田を破った。現職首相の敗北は、後にも先にもこのときの福田しかいない。

 菅の本命とされる小泉は父の元首相・純一郎から「50歳までは総裁選に出るな」と言われている。小泉は43歳で、首相に就けば戦前も含め、歴代最年少となる。これまで挙げた岸田らが全員60代であることを踏まえると、小泉が勝てば自民党全体の刷新をアピールできる。小泉は最近、「今こそ憲法改正を実現したい」と周囲に語っており、総裁選出馬に含みを残す。「父離れ」ができるか否かを慎重に見定めている状態だ。

 もう一人、総裁候補に急浮上している40代が前経済安保担当相の小林鷹之だ。11月に50歳になる小林は衆院当選4回で、世間の知名度も低いが、自民党内では以前から「若手のホープ」との期待が高い。

 開成高校、東大、財務省とエリート街道を歩みつつ、腰が低く、憲法改正や経済安保法制の必要性を訴えてきた。官僚だった2009年に誕生した民主党政権を見て危機感を募らせ、当時野党で不人気だった自民党から出馬するために官僚を辞めるという骨の太い一面も持つ。若手の代表格として一気に本命となる可能性がある。

 40代の小泉と小林が競えば、今までにない総裁選の構図となり、自民党再生の印象を強く打ち出すことになるだろう。

 菅と対立するもう一人のキングメーカー・麻生の動向も注目される。裏金事件で派閥解散が相次ぐ中、存続しているのは麻生派しかない。55人が所属し、総裁選で唯一、まとまった票が計算できる環境にある。

 だが、事はそう簡単ではない。先述の通り麻生派には河野がいるが、麻生が全面的に支援する気配はない。麻生派ベテランに、派閥議員の面倒を見ようとしない河野への嫌悪が根強く、仮に河野が出馬に踏み切れば、派内で対応が分かれることは必至だ。岸田と疎遠になったとされる麻生は岸田の首相としての実績は評価しており、最終的に支持する可能性もある。

政策変更の可能性

 9月に向け報道は政局一色になりそうだが、日本が置かれた環境はその猶予を与えるほど穏やかではない。英国では保守党が総選挙で惨敗し、労働党に政権交代した。フランスでも下院選挙で与党が苦戦。11月の米大統領選では前大統領のトランプの復活に現実味がある。

 岸田が総裁選に再選して続投すれば、情勢によっては先進7カ国(G7)の中でカナダ首相のトルドーに続き、2番目の古株になる可能性がある。一方、岸田が交代すれば、同じ自民党とはいえ、すでに表明した低所得者向けの給付金やエネルギー補助金、さらに長期的な少子化対策、財政再建、防衛費増額などの重要政策で変更が行われる余地がある。何よりも自民党が新総裁で一致結束しなければ、毎年のように首相が交代して日本の政治が漂流することも否定できず、その意味でも重要な総裁選となる。(敬称略)

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