兵庫県立人と自然の博物館(ひとはく)、兵庫県立大学、北海道大学(北大)の3者は7月26日、2010年9月、丹波篠山市に分布する篠山層群大山下層(白亜紀前期)から発見された「トロオドン科」の獣脚類恐竜の化石について詳細な研究を行ったところ、四肢骨の特徴が他の同科の恐竜と異なることから新属新種と判断し、「ヒプノヴェナトル・マツバラエトオオエオルム」と命名したことを共同で発表した。
同成果は、ひとはくおよび兵庫県立大の久保田克博研究員、北大 総合博物館の小林快次教授、兵庫県立人と自然の博物館の池田忠広教授らの研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
トロオドン科の恐竜は小型軽量な獣脚類恐竜で、ジュラ紀中期に出現し、白亜紀には北半球で分布域を広げた。現生鳥類は獣脚類恐竜の子孫とされるが、同科は鳥と近縁なグループの1つとして知られている。また、同科は小型で華奢な骨格のため、世界的にも保存状態の良い化石が少ない点も特徴だ。日本における同科の可能性がある化石としては、岐阜県高山市と兵庫県丹波市(卵殻化石)、福井県勝山市(足跡化石)などがある。
そうした中で2010年9月、兵庫県丹波篠山市西古佐にある同県立丹波並木道中央公園にて当時の管理者の依頼により、地元の地層探索グループ「篠山層群をしらべる会」が公園内の岩砕の調査を行った際、同会の松原薫氏と大江孝治氏が骨と思われる化石を含む岩塊を発見。剖出作業を経て、その化石は獣脚類の中でも鳥類に近縁な「デイノニコサウルス類」(トロオドン科とドロマエオサウルス科からなるグループ)の骨同士が関節した四肢骨として発表された。その後も2011年から2012年にかけ、二度の同公園での発掘調査が行われたが、当時は世界的にトロオドン科の骨学的な情報が限られていたことから、これ以上の研究の進展は困難な状況だったという。
そしてその後の研究から、発掘されたトロオドン科の恐竜化石は、他のあらゆるトロオドン科には見られない、以下の4つの固有の特徴を持つことが判明したとする。
- 前肢の指骨I-1の基部上面に1対の窪みがある
- 前肢の指骨III-1と固く関節するための長い上方と下方の基部リップを持つ指骨III-2がある
- 大腿骨の基部前面に遠位-近位方向に伸びる稜がある
- 広く膨らんだ遠位腹側の縁を持つ後あしの指骨III-3の歪んだ遠位顆頭
加えて、固有の特徴の組み合わせ(尺骨の遠位端の中部が最も厚くなる、脛骨稜と脛骨幹のそれぞれの前縁の角度が11度以下)を持つことも確認された。これらの固有の特徴と特徴の組み合わせから、新属新種の恐竜類であることが明らかにされた。
今回発見された恐竜の学名は、眠っていた時の姿勢のまま化石になったことが判明したこと、この恐竜化石の第一発見者である松原氏と大江氏の名前などを冠し、「松原と大江の眠る狩人」という意味を持つヒプノヴェナトル・マツバラエトオオエオルムと命名された。
そしてヒプノヴェナトルと他の獣脚類恐竜との関係性を解明するため、503種の他の獣脚類が持つ700個の特徴について、比較系統解析が実施された。その結果、同恐竜は進化的なトロオドン科の「トロオドン亜科」と判明。また、同恐竜は、モンゴル産の「ゴビヴェナトル」と単系統を形成し、トロオドン亜科の中で原始的なものの1つと突き止められた。
続いて、トロオドン科の前あしの末節骨の側面形態の幾何学的形態計測分析が行われた。すると、第1主成分は主に末節骨のカーブの度合いに関連し、ヒプノヴェナトルの第1と第3末節骨は、他のトロオドン科のそれらよりも大きく差異があることが判明。また、第2主成分は主に末節骨の長さや高さ、屈筋結節に関連するが、同恐竜の第1と第3末節骨には大きな差異は認められなかったとした。
次に、筋肉により末節骨の加えられた力が末節骨の先端に伝達する割合(A)が分析された。その結果、他のトロオドン科と比較から、同恐竜の第1末節骨の力は僅かに小さいが、第3末節骨の力は大きかったことになる。この第3末節骨にかけられた大きな力は、第3指の関節が曲がりにくかったこととも関係し、トロオドン亜科の初期進化と関係した可能性があるとした。
ヒプノヴェナトルがトロオドン科の中で、最古の「アークトメタターサル(A)構造」(体重を支えるバネの機能を持つ)を持つ恐竜であると判明したことで、先行研究と比べて、その獲得時期が約3500万年も遡ることが明らかにされた。また、この構造の獲得はトロオドン亜科の大型化をもたらした可能性があるとする。一方で同恐竜は、深い滑車状の関節を持つ第3趾と第4趾の趾骨を有しており、後あしに高い掌握能力を残していたことも判明。これらの発見により、約1億1000万年前の白亜紀前期に同恐竜がA構造を獲得したことで、高い走行性と大型化のポテンシャルを備え、のちに第3趾と第4趾の趾骨関節面も走行性に適した形状へと変化していったことがわかったとした。
今後もさらなる発掘調査および研究により、日本独自の視点から恐竜類の進化を解き明かしていけると期待しているとしている。