東北大学と岡山大学の両者は7月26日、インドネシア・スラウェシ島南西部を原産とするメダカの一種「セレベスメダカ」(Oryzias celebensis)の体色変化が、環境に応じてカモフラージュとコミュニケーション手段の2つの機能を果たすことを明らかにしたと共同で発表した。

また、セレベスメダカにおいては、カモフラージュの体色変化がコミュニケーション手段として“転用”されたことが示唆されたことも併せて発表された。

  • セレベスメダカのメスとオス

    セレベスメダカのメス(上)とオス(下)(出所:東北大プレスリリースPDF)

同成果は、東北大大学院 生命科学研究科の上田龍太郎大学院生、同・竹内秀明教授、岡山大 学術研究院 環境生命自然科学学域(理学部附属臨海実験所)の安齋賢教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、「Biology Letters」に掲載された。

カメレオンやタコ、イカなどは、天敵からの逃走などのために、体色を背景に溶け込みやすいものに変化させるカモフラージュの能力を持つことでよく知られている。そうした体色を変化させられる一部の種においては、その能力が異性への求愛やライバルへの威嚇など、同種内でのコミュニケーションにおけるシグナルとしても利用されていることがわかっている。つまり、これらの種の体色変化は、カモフラージュとコミュニケーションという2つの役割を担っていると考えられるとする。

ちなみにカメレオンの一種の「ドワーフカメレオン」では、このコミュニケーション手段としての体色変化が、本来カモフラージュとして使われていた体色変化の機能が転用された結果であると予想されている。しかしこれらの実験モデルでは、実験室内での行動の再現や分子遺伝学的手法の適用が困難であるため、どのような遺伝子や神経基盤の変化を経て、この機能の転用が起こったのか、その進化プロセスについては未解明だったという。そこで研究チームは今回、この問題に取り組むためのモデル生物として、尾ビレの模様を急速に変化させられる能力を持つセレベスメダカに着目したとしている。

セレベスメダカのオスは尾ビレに種特有の黒色模様を有しており、その模様は1分以内という短時間で急速に変化するのが特徴だ。この体色変化は、水槽の背景環境を黒から白、または白から黒に変化させることで、黒色模様が消失したり、再び現れたりする現象が急速に起こることが確認されている。さらに、実験室内での集団飼育条件下では、黒色模様が現れる一部のオスと現れないオスが存在することも観察されていた。しかし、その黒色模様が他個体とのコミュニケーションにおいて、どのような意味を持つのかはわかっていなかったとする。また、メダカの周囲の背景環境が体色変化や行動にどう影響するのかについても、未解明だったという。

  • 背景環境の変化による体色変化と集団飼育条件下における体色変化

    背景環境の変化による体色変化と集団飼育条件下における体色変化(出所:東北大プレスリリースPDF)

そこで今回の研究では、2つの異なる条件下で、三者関係(オス2匹とメス1匹、またはオス3匹)における体色と攻撃行動の関係が調査された。1つ目の条件は、一般的な実験室飼育条件を模倣した水槽壁面が藻で覆われた背景が暗い環境、2つ目の条件は、水槽が透明で背景が明るい環境とされた。

藻で覆われた暗い背景条件では、黒色模様を持つオスは、黒色模様を持たないオスやメスと比較して、他個体に対してより頻繁に攻撃を行うことが確認されたとする。また黒色模様を持つオスは、黒色模様を持たないオスやメスからほとんど攻撃を受けなかったとのこと。以上から、黒色模様は他個体に対する“威嚇のシグナル”、いわばヒトの“威嚇の表情”のように機能することが考えられるとした。

しかし対照的に、透明で明るい背景条件では、黒色模様を持つオスと攻撃行動の両方が一度も観察されなかったという。カモフラージュが優先的に機能したことで、威嚇のシグナルが使用できなくなったことが考えられるとする。これらの結果から、セレベスメダカは環境に応じて体色を変化させ、カモフラージュとコミュニケーションの2つの役割を使い分けていることが明らかにされた。

  • 水槽壁面が藻で覆われた背景が暗い環境と、水槽が透明で背景が明るい環境における体色と攻撃行動の関係

    水槽壁面が藻で覆われた背景が暗い環境と、水槽が透明で背景が明るい環境における体色と攻撃行動の関係(出所:東北大プレスリリースPDF)

研究チームによると、背景環境への体色変化を介したカモフラージュは真骨魚類の間で広く観察されているが、体色の黒色化をコミュニケーションに利用することは特定の種でのみ観察されているという。このことは、背景環境への適応に広く利用されてきたこの形質が、セレベスメダカを含む特定の種においては、種内コミュニケーションのために転用されたことが示唆されているとする。セレベスメダカを含むインドネシア原産のメダカ科魚類では、近年リファレンスゲノム情報の整備やゲノム編集技術の適用が進んでいることから、今後の研究により、カモフラージュ形質がどのようにしてコミュニケーション手段へと転用されたかに関する詳細な分子・神経メカニズムの解明が期待されるとしている。