兵庫県立大学は7月25日、-78℃以下で凍結するアンモニア(NH3)の固体を、常温においても存在させることに成功したと発表した。
同成果は、兵庫県立大大学院 工学研究科の森下政夫名誉教授(現・物質・材料研究機構 特別研究員)らの研究チームによるもの。詳細は、英国王立化学会が刊行する化学全般を扱う学術誌「RSC Advances」に掲載された。
現在、水素キャリアの1つとしてNH3が期待されている。しかし、NH3を水素キャリアとして広く普及させるには、危険な劇物である点が大きな課題であり、より安全なNH3の安全な貯蔵・運搬法を開発する必要があるという。そうした中で研究チームが注目したのが、NH3は-78℃以下で凍結して固体の結晶となり、固体のNH3の昇華蒸気圧は低く無臭で安全という点。そこで今回の研究では、NH3固体を常温においても安定に存在させることを目標として、研究することにしたという。これは水に例えると、100℃の沸騰したお湯に投入しても溶けない氷を探すことを意味するとした。
微粒子のNH3固体を「ホウ酸ガラスマトリックス」(B2O3(gl)-B(OH)3(gl))に閉じ込めることができれば、界面においてホウ素と窒素からなる強固な「B-N結合」が形成され、本来気体となる常温であっても、固体として安定して存在できる可能性があるとして、物質の設計が行われた。
NH3固体をガラスマトリックス中に閉じ込める方法として、フリーズドライ法が応用された。まずNH3水溶液に酸化ホウ素を溶解させ、同水溶液中で、NH3は「アンモニウムイオン」に、酸化ホウ素は「ホウ酸イオン」に変化。次に、同水溶液を-196℃の液体窒素冷媒中で凍結。氷分子を真空排気し、それら2種類のイオンを濃縮することで、ホウ酸ガラスマトリックスにNH3固体の微粒子を閉じ込めることに成功したという。この凍結NH3は、52℃まで加熱しても昇華することなく、固体を維持することが確認され、NH3の気化温度を130℃高めることに成功した。
ガラスマトリックスに閉じ込められたNH3微粒子が、常温においても固体の形態を維持することは、X線回折およびラマン分光によって証明され、X線回折の理論に基づき、その他のピークもプロットして、格子定数、つまり立方結晶1辺の長さが求められた。そして、ガラスマトリックスに閉じ込めたNH3固体の常温における格子定数は0.5165nmであり、-196℃で実施の低温その場X線回折による純NH3固体の0.5084nmとよく対応し、0.009nmだけ熱膨張していることが突き止められた。
ガラスマトリックスに閉じ込めたNH3固体の熱的安定性を解明するため、熱重量測定が行われると、52℃まで重量減少は認められず、NH3固体はこの温度まで安定であることが確認された。なお52℃以上では、熱分解による重量減少が進行し、520℃以上ではガラスマトリックスのみ残留したという。
NH3固体が52℃まで安定化する理由を調べるため、常温25℃における標準生成ギブズエネルギーが推算されると、その値は、分子1モルあたり-6~-12kJだったとし、NH3固体は常温において固体の形態を保てることが理論的にもわかったとする。
常温において固体の形態を維持している何らかのエネルギーの候補の1つが、NH3固体とガラスマトリックスとの界面に形成される強固なB-N結合と推測された。この化学結合によって、固体が安定化されることが考えられるという。そして2つ目の候補としては圧力が考えられるとし、強固なB-N結合による界面によって拘束されたNH3固体では、微粒子の曲率中心に向かって圧力が生じることが考えられるとした。なお、この圧力が固体の形態を維持するために有効に作用することが考えられるとしている。
なお、水素をNH3に貯蔵した後、利用で取り出す際も解決すべき課題はあるという。燃料電池などで利用するためにNH3から水素を取り出すには、ルテニウムやニッケルなどの触媒を用いて、400℃以上の高温に加熱する必要がある。当然ながら、エネルギー消費の視点では、NH3からの水素生成温度をできるだけ低くする必要がある。研究チームは現在、量子力学に基づく第1原理計算によって、NH3固体の熱容量の精度を高めるための検討も進めているとしている。
その点、ガラスに閉じ込めたNH3固体は、加熱による昇華の際、分子のままではガラスマトリックスを透過しにくく、水素と窒素に解離し易い可能性がある。つまり、ガラスマトリックスにNH3を分解する触媒物質を加えると、80~200℃の低い温度において、NH3固体から水素を分離回収できる可能性があるとし、研究チームは現在、水素の分離回収にも挑戦しているとした。