政治は円安も嫌だが、利上げも嫌だ、というスタンスを崩していない。ミッションインポッシブルとも言うべき課題に、日本銀行は悶絶しているのだろう。しかし、利上げはむしろ、個人消費を刺激するのではないか。
理論上、金融緩和効果の本質は、家計や企業の「将来の支出の前倒し」である。資本コストの低下で、現在の消費や投資を増やすことが有利となる。日本銀行は、インフレ期待を引き上げ、実質金利を低下させることで消費や投資を刺激すべく、3月まで異次元緩和を続けてきた。
しかし、筆者は、インフレ期待の醸成に成功し、実質金利の低下が生じると、個人消費にはむしろ大きな逆効果になると心配してきた。
それは、実質金利が大きく低下すると、日本では代替効果(消費刺激効果)より所得効果(利子所得の減少効果)の方が大きくなるのではないか、という問題である。金融緩和の効果を論じる際、一般には、「支出の前倒し」という「異時点間の代替効果」だけがフォーカスされる。しかし、正確には、実質金利低下の効果は、代替効果と所得効果の和であり、利子所得の減少という所得効果も考慮する必要があるはずだ。今、それが大きくなっているから、個人消費が低迷しているのではないだろうか。
米英では、家計の金融資産に占める株式などリスク資産の割合が相当に高く、またローンを組んで家計が消費を行うのが一般的である。それ故、実質金利の低下による代替効果が所得効果を明らかに上回る。しかし、元々、日本では、場合によっては、所得効果が代替効果を凌駕すると考えられてきた。
実際、日本銀行の経済モデルでは、実質金利の低下が家計や企業の支出を刺激する効果は相当に小さいことを示していた。それ故、異次元緩和以前は、インフレ期待の醸成で景気を刺激するという考え方は封印されていた。当時と比べ、高齢化がさらに進んでいるため、実質金利低下による所得効果は一段と大きくなっていると思われる。
そして、筆者がここで改めて注目したいのは、2023年以降、日本の個人消費が低迷している理由だ。賃上げが物価上昇に追いつかず、実質賃金が減少していることだけが理由ではない。実質金利の大幅な低下で、預金の実質価値が大きく目減りしているから、特に高齢者世帯では、消費が切り詰められている可能性がある。そのことは、マクロ経済全体で見れば、実質金利の低下による消費刺激効果(代替効果)より所得効果(利子所得の減少効果)の方が大きいことに他ならない。
利上げを論じると、変動金利住宅ローンを抱える家計の負担増や借り入れに頼る中小企業の負担増ばかりがフォーカスされ、政治の世界では慎重論に偏る。しかし、利上げによって、家計の利子所得が増えるという消費刺激効果にももっと注目すべきである。