サイボウズはこのほど、同社が提供する「kintone(キントーン)」のユーザーイベント「kintone hive(キントーンハイブ)」をZepp名古屋で開催した。kintone hiveは、kintoneの活用アイデアをユーザー同士で共有するライブイベントで、企業や団体が活用ノウハウをプレゼン形式で発表する場だ。イベントの様子はこちらの記事で紹介している。

  • 「kintone hive nagoya」が6月25日に開催された

    「kintone hive nagoya」が6月25日に開催された

2024年の「kintone hive」は広島、札幌、福岡、大阪、名古屋、東京の6カ所で開催された。本稿では、名古屋会場で最も注目を集めた桜和設備のkintone活用事例を紹介しよう。プレゼンのタイトルにもなった『ひょんなことから始まる夢物語』とは、いったいどのような内容なのだろうか。

  • 桜和設備でkintone導入を進めた清水敦さん

    桜和設備でkintone導入を進めた清水敦さん

“昭和94年目”に突入していたアナログ企業

名古屋市に本社を置く桜和設備は1972年に設立。主にガス設備工事の設計・施工などを手掛けており、従業員100人(2024年6月現在)を抱える中小企業だ。主な施工実績として、名古屋港水族館やモード学園スパイラルタワーの都市ガス配管工事などが挙げられる。東邦ガスグループ関連の受注が全体の8割を超えるという。

kintone hiveに登壇した清水敦さんは、40年間ガス工事の現場監理一筋の大ベテラン。名古屋生まれ名古屋育ちの62歳で、東京ディズニーリゾートの大ファンだ。現在はガス工事の安全品質管理に加え、kintoneを含む業務管理も担当しているが、システム開発の経験や知識は一切ないという。

kintone導入前の桜和設備は、昭和からの伝統を引き継いだアナログな会社だった。伝票類は紙・手書きで記入。情報は正確に共有されていなかったため、重複している作業は山のようにあった。

手描きの伝票を見ながらExcelに入力したり、そのExcelをまた印刷したりといったような無駄な作業も多かった。清水さんは「桜和設備は、平成や令和を迎えることなく、昭和94年目に突入していた」と苦笑いで振り返った。

  • 昭和94年を迎えていた桜和設備

    “昭和94年”を迎えていた桜和設備

kintone導入を拒む2つの存在

そうした旧態依然とした状態の改善が進まなかったのは、大きく分けて2つの存在があったからだ。1つ目の存在が、伝統文化の継承を重んじて、先輩の教えを守り続けようとする人たち。そしてもう1つが「Excelを複雑かつ巧みに操り、自分にしか分からない方法で仕事をこなす『Exceler(エクセラー)』の存在」(清水さん)だったという。桜和設備の環境は、属人化の温床になっていた。

  • 業務改善を阻止する2つの存在

    業務改善を阻止する2つの存在

kintoneを導入したきっかけはあるひょんな出来事だった。2020年6月、Excelで管理していた引込管工事の管理シートが修理不能になってしまった。偶然居合わせた普段から付き合いのある富士フイルムビジネスイノベーションジャパンの担当者に「助けて」と懇願したところ、kintoneを紹介された。

同社にわずか2カ月でkintone版の引込管工事管理アプリを作ってもらったことを契機として、まずはガス事業部内でkintoneを導入することが決定した。発注業務や売上進歩、メーター管理など主要な7つの業務をkintoneでアプリ化し、運用を始めた。

しかし、kintone導入後に新たな壁が立ちはだかる。新しいことを始めるとき、否定派が一定数いるのは世の常だろう。桜和設備の場合、伝統文化人とExcelerが否定派にあたる。

伝統文化人からは「今までの運用のままでいいんじゃないですか。失敗しませんか」と疑われ、また、Excelerは「私はkintoneを使いません。Excelを使います」と自信満々に言い放った。

  • 伝統文化人とExcelerがkintone導入に反対

    伝統文化人とExcelerがkintone導入に反対

それでも清水さんは諦めなった。「この否定派の人たちを含めて全社員を巻き込まなければ、桜和設備は変わることはできない」ーー。とにかく、kintoneの使いやすさや、分かりやすさを伝える必要がある。清水さんはある作戦を思いついた。

夢の国をイメージした「入り口は一つ作戦」

名付けて「入り口は一つ作戦」。

この作戦の内容はシンプルで、基本マスタ上にすべてのアプリが連携された状態で表示できるようにした。具体的には、「入り口」となって氏名や社員番号といった基本的な情報を入力する工事基本マスタを作成し、そこからそれぞれのアプリに飛ばせるような仕組みを構築した。「全体をネットワーク化することで、うまく稼働すると考えた」(清水さん)

  • 「入り口は一つ作戦」 入り口となる工事基本マスタを構築

    「入り口は一つ作戦」 入り口となる工事基本マスタを構築

加えて、関連レコード一覧を基本マスタに並べて表示することで「現場で今何が起きているのか、何ができていないのか、誰がやっているのか、いつやったのかが分かり、現場のストーリーが可視化できるようになった」という。

この構造は、実際に存在するある場所と似ている。清水さんがよく行く東京ディズニーリゾートのテーマパークだ。「夢の国は、それぞれのパークがストーリー性をもって作られているが入り口は一つだ。当社のシステムも同じ入り口から社員を迎え入れることで、現場のストーリーが始まる」と清水さんは語った。

  • 夢の国をイメージして構築したという

    夢の国をイメージして構築したという

kintone否定派の意見も変わりつつあった。新たなアプリを実際に使った伝統文化人からは「これは便利だ。使えそう」と好評だった。また、Exceler対策としては、kintoneの一覧をExcelのような使い心地にする拡張機能「KrewSheet」を採用した。Excelライクなアプリにしたことで、Excelerたちは「見慣れた画面だからいい」と納得した。

その後は、さまざまな社員が自らアプリを次々に作り内製化を実現した。2024年6月には全部署へkintoneを展開し、kintoneのユーザー数は58人まで増えた。社内申請や伝票はほぼデジタル化に成功し、「ようやく桜和設備にも令和の時代がやってきた」と清水さんは胸をなでおろした。

  • 2024年6月現在のkintone利用状況

    2024年6月現在のkintone利用状況

kintone導入で得た気付き「今ではありえないことをしていた」

kintoneを導入することで得た気付きは少なくなかった。同社は2022年8月にプログラミングの知識がなくても5分程度でWebフォームを作成できるkintone連携ツール「FormBridge」を導入した。これにより年間1万5000件を超えるガスメーター取替依頼の24時間受付を可能にしたほか、休暇届や作業日報などに応用するなど社内での利用も進めていった。

FormBridgeによって業務効率化とペーパーレス化を実現しただけでなく、社員が抱えていたある悩みを解決できたという。

それは、作業服(ユニフォーム)の申請に関する悩みだ。年に2回支給されるユニフォームだが、FormBridgeの導入前は、昭和時代からの伝統で注文は紙で行われていたという。氏名と注文数に加えて、ブルゾンとカーゴズボンのサイズを紙に記入する必要があり、それを社員同士で回覧していた。そして最後は総務がExcelに入力するという、手間がかかる非効率な業務だった。

  • 作業服(ユニフォーム)の申請は紙で行っていた

    作業服(ユニフォーム)の申請は紙で行っていた

FormBridge導入後は、社員が各自で申込みできるようになり、一覧表は自動的に完成する仕組みになった。この仕組みは社員からも総務担当者からも大好評で、女性社員からは「紙回覧のときは、自分の服のサイズを記入することに抵抗があり、とても嫌だった。今はスマホやkintoneから申請できるようになって安心した」という感謝の声が多く寄せられたという。

  • kintoneから各自で申請できるようになった

    kintoneから各自で申請できるようになった

清水さんは「今考えてみるとありえないことをしていた。昭和からの伝統だったので誰も気づかなかったが、kintoneが気付かせてくれた。kintoneがプライバシーを守ってくれた」と振り返った。

現場の要望でkintoneを使い始め、4年で全社展開できた桜和設備は今後、デジタル推進チームを新設し、kintoneの活用をさらに加速させていく。「全社展開はゴールではなくスタートだ。2年後、3年後には思いもよらない世界が広がっていることを期待している」と、清水さんは話した。

そして清水さんは最後に、夢の国の創始者であるウォルト・ディズニーの名言を借りて、こう語った。

「kintoneで作る夢のシステム・アプリは永遠に完成しない。想像力を生かし、常に新しいものを作り、古いものを改良していく。環境の変化とともに形を変えていけるのがkintoneだ」