沖縄科学技術大学院大学(OIST)は7月19日、同大学で2022年に構築することに成功した研究用の実用的なイカ飼育システムの水槽内で、イカの卵の大部分を死滅に追いやっていた新種の寄生虫である「寄生性カイアシ類」を発見し、その環境に優しい駆除法を開発することに成功したと発表した。

同成果は、OIST 物理生物学ユニットのメメット・アリフ・ゾラル博士、同・ズデニェク・ライブネル博士、同・ルツィア・ジフチャコヴァ博士、同・ジョナサン・ミラー教授らの研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

  • 寄生性カイアシ類Ikanecator primusのメスを正面から撮影した電子顕微鏡画像

    寄生性カイアシ類Ikanecator primusのメスを正面から撮影した電子顕微鏡画像。画像提供:ゾラル他、2024年(出所:OIST Webサイト)

イカは、タコや貝などと共によく知られた水棲の軟体動物で、その身近なイメージから、どこの水族館や大学、研究施設などでも当たり前のように飼育されているだろうと思われるかもしれないが、実は非常に飼育が難しいという。例えば、国内の水族館でイカを飼育している施設は、数える程度しかないとする。

イカは水をジェットのように吹き出して進むため、水槽のガラスに激突してしまう危険性があるほか、水流の変化に非常に敏感で、病気に弱く、ライフサイクルや餌の嗜好も複雑で、互いに攻撃的になることもあるなど、飼育を困難にする要因を挙げたら幾らでも上がることから、研究者の間でも水槽での飼育はうまくいっていないという。

一方、乱獲や気候変動によって野生のイカは激減しており、日本では、1980年代と比較して野生のイカの個体数がわずか1割程度にまで減少していると、危機的な推定がなされている。そうした中で研究チームが2022年に、研究用の実用的なイカ飼育システムを構築。それにより、連続して10世代にわたるイカの飼育に成功し、この分野では類を見ない成果を上げたことが知られている。

研究用イカ飼育システムはまだ数多くの課題があり、日々絶え間ない改良が続けられているという。その中でも、なかなか解決できず、非常に大きな問題となっていたのが、イカの卵が約7割しか孵化せず、仮に孵化したとしても稚イカは損傷や感染症で1~3日以内に死んでしまうことが多かったという点だ。その原因を探っていたところ、イカの卵塊に新種の寄生性カイアシ類「Ikanecator primus」が寄生し、卵を食べていることが発見されたとする。

甲殻類の一種であるカイアシ類は、海洋で自由に生活するもの、他の種と共生関係を結ぶもの、他の海洋生物に寄生するものなど、さまざまな生態があるという。今回発見されたカイアシ類はイカの卵に寄生し、さまざまな酵素を使って卵を噛み砕くという。しかも、卵が生き残ったとしても、稚イカが卵から出る時にまとわりつき、さらにダメージを与えることも観察されているとした。それに加え、イカが細菌感染を起こしやすくなり、研究チームはこれもカイアシ類が何らかの影響を与えているのではないかと考えているという。

今回、実験施設で発見された寄生性カイアシ類は、日本語のイカから取った「Ika」と、「殺し屋」を意味するラテン語の「necator」を組み合わせて命名された。なお研究チームでは、和名として、イカの卵を殺すという意味で「イカタマゴロシ」を提案しているという。

またカイアシ類は非常に多産で、メス1匹が産む卵の数は50~60個で、これらの卵は3週間以内に孵化する。それに対してイカの平均孵化期間は1か月のため、イカの卵1個につき、何百匹ものカイアシ類がいることになるとする。水槽で飼育されているイカの卵は、互いに近接しているため、このような侵入に対して特に脆弱だというが、このカイアシ類は野生のイカの卵からも見つかっているとした。

研究チームは、寄生性カイアシ類の観察だけでなく、孵化した稚イカを救うことにも取り組んだという。その結果、魚の養殖から獣医学、食品加工まで、さまざまな産業で広く使われている「過酢酸」(PAA)が有効であることが発見された。さまざまな過酢酸の溶液が試されたところ、2分以内に寄生虫を100%殺し、イカやその子孫にはまったく影響を与えないものがみつかったとする。過酢酸は、現在日本で使用されている次亜塩素酸塩やホウ酸のような、環境へのダメージが大きい処理剤とは異なり、完全に生分解される、環境に優しい点も重要なポイント。

研究チームは現在、PAA溶液に関する特許を出願中で、今後の研究を通じて、この駆除法が頭足類の種を問わず、またさまざまな異なる寄生虫に対しても有効であるかどうかを調べるとしている。