科学技術振興機構(JST)、東京大学(東大)、理化学研究所(理研)の3者は7月22日、JST 戦略的創造研究推進事業において、徹夜などの長時間の覚醒後に生じる長く深い睡眠の「リバウンド睡眠」において、大脳皮質の主要な抑制性神経「パルブアルブミン(PV)発現神経」の活動の適切な調節が重要であることを、マウスを用いた動物実験で解明したと共同で発表した。

同成果は、東大大学院 医学系研究科 機能生物学専攻 システムズ薬理学分野の上田泰己教授(理研 生命機能科学研究センター 合成生物学研究チーム チームリーダー兼任)、同・昆一弘研究員(現・米・ジョンズ・ホプキンス大学 博士研究員)らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

リバウンド睡眠は、脳が覚醒時の活動履歴を記録し、それを直後の睡眠に反映させて一定量の睡眠を確保しようとする「睡眠恒常性」が存在することを示唆しているという。しかし、どのように覚醒履歴を脳内で記録し、直後の睡眠に反映しているのかは不明だという。

そうした中、睡眠制御への関与が示唆されているのが、大脳皮質内で最も豊富な抑制性神経であるPV発現神経。しかし、同神経が睡眠恒常性の制御に寄与するのか、寄与するとしたらどのような仕組みなのかは解明されていないとし、研究チームは今回その詳細を調べることにしたという。

睡眠は生涯を通じて継続されるが、そのパターンは発達に応じて変化する。まず、離乳後の幼若期から成体になるまでの発達期のマウスを用いて、連続的に睡眠が測定された。すると、リバウンド睡眠は幼若期の段階ではほぼ見られず、発達段階が進むと顕著になることが判明。また、研究チームが開発した全脳解析手法を用いて、発達期のマウスのPV発現神経が解析された結果、幼若期から成体にかけて、同神経の数が変化することが突き止められた。さらに、PV発現神経の活動と睡眠恒常性の相関関係が調べられたところ、覚醒履歴に対応して同神経が活性化されることが示唆されたという。

  • PV発現神経の活動亢進による睡眠恒常性の制御

    PV発現神経の活動亢進による睡眠恒常性の制御。同神経に興奮性「DREADD」(デザイナードラッグによってのみ活性化されるデザイナー受容体)を発現させ、「クロザピン-N-オキシ(CNO)」投与により薬理遺伝学的に活性化すると、リバウンド睡眠様状態が誘導された。一方で、断眠による長時間覚醒後に抑制性DREADDを用いて、同神経を特異的に抑制すると、同睡眠が阻害され、定常時の睡眠時間と同等のレベルになった(出所:JSTプレスリリースPDF)

次に、PV発現神経の活動と睡眠恒常性の因果関係を調べるため、薬理遺伝学的な神経活動操作が同神経に対して特異的に行われた。すると、十分な睡眠でも、同神経の活性化がリバウンド睡眠様の状態を引き起こしたとする。逆に、睡眠不足のマウスでリバウンド睡眠が現れる前に神経活動を抑制すると、定常時と同様の睡眠パターンを示したという。以上から、同睡眠には覚醒履歴に対応した同神経の活動亢進が必要であることが示唆されたとした。

続いて、覚醒履歴に応答してPV発現神経の活動変化を引き起こす分子メカニズムの解明が試みられた。覚醒が続くほど、大脳皮質全体における同酵素の自己リン酸化を促進し、睡眠制御に重要なタンパク質とされているのが、脳内の主要なタンパク質リン酸化酵素である「CaMK II」だ。しかし、その役割は不明な部分も多いという。

そこで、PV発現神経のCaMK IIの発現が調べられた。すると、サブタイプの1つである「CaMK IIα」の発現レベルがリバウンド睡眠の変化と一致しており、幼若期から発達期にかけて2倍以上増加することが判明。そこで、同神経の同酵素の活性と睡眠恒常性との因果関係を調べるため、同神経に特異的に同酵素の活性が阻害された。その結果、活性が阻害されたマウスでは、リバウンド睡眠がほぼ見られず、覚醒履歴に応答した同神経の活動亢進が損なわれている可能性が示唆されたとした。

  • PV発現神経のCaMKII活性化による睡眠恒常性の制御

    PV発現神経のCaMKII活性化による睡眠恒常性の制御。同神経特異的に同酵素の阻害ペプチド「CN19o」を発現させたマウスでは、リバウンド睡眠で見られる睡眠時間、睡眠深度のリバウンドが減少した。一方で、同神経特異的に同酵素の恒常活性変異体を発現させると、同睡眠様状態が誘導され、その誘導効果は同酵素のリン酸化活性依存的であった(出所:JSTプレスリリースPDF)

逆に、PV発現神経特異的にCaMK IIを活性化すると、長く安定したリバウンド睡眠様の状態を引き起こすことが確認された。この状態は、同酵素のリン酸化活性を不活化した場合には誘導されなかったとする。以上のことから、同酵素のリン酸化活性が、リバウンド睡眠様状態の誘導に必要であることが示唆されたとした。

以上の結果は、CaMK IIの活性化がPV発現神経の活動を亢進させ、リバウンド睡眠を引き起こすという仮説を支持するものだという。実際、同酵素を活性化すると、同神経の活動が選択的に上昇することが確かめられた一方、興奮性神経の活動はほぼ影響を受けず、同神経に特異的な活動調節機構の存在が示唆されたとする。

  • 今回の研究で提案する睡眠恒常性制御機構のモデル

    今回の研究で提案する睡眠恒常性制御機構のモデル。長時間の覚醒がPV発現神経におけるCaMK IIの自己リン酸化を増加させ、同酵素を活性化する。活性化された同酵素は同神経を活性化し、リバウンド睡眠が引き起こされる(出所:JSTプレスリリースPDF)

最後に、PV発現神経のCaMK IIが覚醒履歴に対応して活性化するのかどうかが評価された。同酵素のリン酸化活性の指標として、自己リン酸化を質量分析により定量した結果、長時間の覚醒により自己リン酸化レベルが顕著に増加していたという。覚醒履歴に応答した同神経の同酵素活性化が示された。以上のことから、同神経の同酵素が覚醒履歴に対応して活性化し、同酵素依存的な同神経の活動が亢進されることが、正常なリバウンド睡眠の誘導に必須であるという新しい睡眠恒常性制御機構が示されたとした。

なお、CaMK II発現が少ない幼若期は、覚醒履歴に応じたPV発現神経の活動亢進が不十分である故に睡眠恒常性が未熟であると考えられることから、研究チームでは今後その部分を検証する予定としている。