未来館の中に研究室があることをみなさんは知っていますか? 常設展示エリアは訪れたことがあっても、その奥に最先端の研究を行うプロジェクトが集まる「研究エリア」があることは知らない人が多いかもしれません。
そんな研究エリアでは現在、ミニチュア臓器や新素材、微生物などバラエティーあふれるテーマで研究を行う9つのプロジェクトが進められています。このブログでご紹介するのはその1つ、身体性メディアプロジェクト「Cyber Living Lab」。このプロジェクトと共同で2024年6月2日に行ったイベント「カラダで感じる! カラダをあそぶ! 未来のコミュニケーション」の様子をふりかえりながら、プロジェクトで進められている研究をのぞいてみましょう。
テクノロジーで拡がる「身体」の可能性
イベントはトークと体験の2本立てで行いました。まずはプロジェクト代表者である南澤孝太さん(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科)とのトークセッションを紹介します。
身体性メディアプロジェクト「Cyber Living Lab」では、見る、聞く、触れるといった「身体性」を理解し、テクノロジーを使って身体性を操ることで、これまで体験できなかった楽しさを生み出したり、これまでできなかったことをできるようにする研究を行っています。
たとえば、プロジェクトが開発したテクタイルツールキット。南澤さんが「“触る”を伝える糸電話」と言っているこのテクノロジーは、振動を拾う「マイク」がついた紙コップ(写真右)と振動を出す「スピーカー」がついた紙コップ(写真左)がコードでつながったものです。右側の紙コップに砂利やビー玉を入れると、その振動をマイクが拾ってスピーカーに伝え、左側の紙コップで「砂利やビー玉が入った触覚」が再現されるという仕組みになっています。過去に行ったワークショップでは、紙コップの代わりにポテトチップスの袋と大きなポリバケツを使い、ポテトチップスの袋をふった振動をポリバケツに伝えることで、ポテトチップスを“増やそう”とした人もいたのだとか。誰でも気軽に楽しい体験をつくりだすことができるのが、このテクノロジーのすごいところなんです。
また南澤さんが関わっているプロジェクトには、ロボットを介して人の存在そのものを遠く離れたところに伝える、というものあります。たとえば「分身ロボットカフェ」という取り組みでは、自身の障害や親の介護などで身体の移動が難しい方でも、自宅や病院からロボットを介してカフェで働くことができる仕組みをつくっています。
カフェでは、入口で受付をしたり、席で注文をとったり、飲み物を配膳したりと、さまざまな仕事が行われていますよね。これまでは身体の移動に困難のない人だけがこういった仕事を行えたのですが、分身ロボットカフェでは身体の移動が難しい方もロボットを介して仕事ができるんです。ロボットというテクノロジーによって移動の制約を乗り越えられたからこそ、これまで働くのが難しいとされてきた人も働けるようになり、いま当たり前とされている働き方が当たり前じゃなくなる。そんな未来がもしかしたらすぐそこにあるのかもしれませんね。
ほかにも、未来館の中で研究を行うことの意味や、イベント参加者へのメッセージなど、熱く濃密なトークが繰り広げられました。この熱気を感じてみたい方は、ぜひアーカイブ映像をご覧ください!
来館者とともにつくる未来のテクノロジー
トークの裏では、プロジェクトのメンバーが制作中のさまざまなテクノロジーを体験できるイベントも行いました。ここで大切なのは、テクノロジーを多くの人に体験してもらうこと。研究者だけでは生み出せないユニークなアイデアは、さまざまな背景を持った人の率直な感想から生まれます。
私もいろいろなテクノロジーを体験してみましたが、その中でも面白いと思ったのがこちら。
椅子に座ってピアノの演奏を聴いているだけのように見えますが、実はこの椅子、ピアノ奏者の体重移動に合わせて“体重が移動した感覚”を生み出すことができるんです! ピアノの演奏となるとつい奏者の指先の動きに目が行ってしまいますが、このテクノロジーを使うとそこで見落とされていた奏者の身体の動きを疑似体験できます。これまで体験できなかった楽しさを生み出す未来のテクノロジーの“種”があると実感した瞬間でした。
来館者に最先端の研究を体験してもらいながら、そこで出た率直な感想を研究に活かしていく。「テクノロジーをどう“料理”すればいいか、多様な人と個別に話しながら研究を展開していきたい」と、南澤さんは語ります。ぜひみなさんも一緒に、未来館で未来のテクノロジーをつくっていきませんか?
執筆: 加藤 昂英(日本科学未来館 科学コミュニケーター)
【担当業務】
アクティビティの企画全般に携わり、研究エリアとの共同イベントやノーベル賞関連イベントの設計や実践を担当。誰もが未来館に居場所を見つけられるための取り組みを、人文・社会科学やデザインの知見も取り入れながら模索中。
【プロフィル】
高校でベンゼンという物質に一目惚れし、大学、大学院ではベンゼンが連なった物質の研究を行っていました。その傍らで科学コミュニケーションの実践活動も行い、「いま、ここにいる人にとっての、科学とのより良いかかわり方」という課題意識を追究するなかで未来館へ。化学、言語学、デザイン、日本酒、旅行、アイドル……などなど、学問も趣味も興味が広がってしまうタイプです。
【分野・キーワード】
物理有機化学、ナノカーボン、化学