フジツボの船底への付着阻害剤の化学合成に、岡山大学などの研究グループが成功した。「スカブロライドF」という有機化合物で、本来はサンゴの一種であるソフトコーラルから単離できるが、天然由来では微量しか採れないことが課題だった。今回の合成法を用いて製品化できれば、毒性がなく安全で海を汚さない環境に優しい阻害剤として、船体に用いることができるという。

フジツボは岩などに強固に付着し、口を開けるようにしてプランクトンをエサにする付着生物の一種。船にくっつくと、抵抗が上がって燃費が悪くなったり、排水がうまくできなくなったりして航行に悪影響を及ぼす。それを防ぐため、塗料などの形状でフジツボ付着阻害剤が用いられているが、毒性によりフジツボを殺してしまうことや、海洋に流れると海水を汚染するという課題があった。

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    タテジマフジツボ。船のバラスト水や船体への付着によってフィリピンの海域から持ち込まれ、日本近海に定着したとされる(岡山大学の髙村浩由准教授提供)

岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域(理)の髙村浩由准教授(合成化学)、兵庫県立大学自然・環境科学研究所の頼末武史准教授(海洋生態学)らの研究グループは、安全で効果的なフジツボ付着阻害剤の開発に取り組んだ。

髙村准教授らは台湾の研究グループがアジア海域で生息するソフトコーラルに含まれるスカブロライドFという物質を単離していたことに着目。安全な付着阻害剤の候補物質にならないかと考え、天然では難しい量を確保するうえでもスカブロライドFの化学合成に挑むことにした。

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    今回合成したスカブロライドFを盾にフジツボの付着を防止する様子のイメージ図。髙村浩由准教授(左)と、共同研究した兵庫県立大学の頼末武史准教授

まず、タバコや海洋無脊椎動物に含まれる「センブラノイド」という物質の基本構造を参考にして、2つの化合物を結合し、そこに様々な化学反応の手法を用いて、6年がかりでスカブロライドFの合成に成功した。

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    今回化学合成に成功したスカブロライドFの構造式。合成の過程で何度も失敗し、この構造式の形状にたどり着くまでに6年かかった(岡山大学提供)

次に、化学合成したスカブロライドFにフジツボの付着を阻害する効果があるかないか実験した。日本の汽水域に生息し、実験に使いやすい「タテジマフジツボ」というフジツボを採集して飼育し、実験室内で大量の子どもを産ませた。1ミリリットルあたり0.1~50マイクログラム(1マイクロは1000分の1ミリ)の濃度でスカブロライドFを入れた海水と、何も入れていない海水の容器を並べ、タテジマフジツボの子どもである「キプリス幼生」という個体を10個ずつ入れ、水温25度、暗い環境下で96時間経った様子を観察した。

通常、タテジマフジツボはキプリス幼生から4日すると付着して「幼体」という姿に変わる。しかし、スカブロライドFを入れた容器のフジツボは96時間経過後も水中を漂っており、容器に付着していなかった。フジツボは死ぬと体が膨張したり、白濁したりするが、死んだ個体はごくわずかだった。これは自然界の中での死亡率と変わらないことから、1ミリリットルあたり50マイクログラムの量でも毒性を示さず安全にフジツボの付着を阻害できることが確認できた。今後、生物や環境に優しい新たな付着阻害剤の開発につながることが期待されるという。

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    スカブロライドFを用いて、フジツボの「キプリス幼生」が96時間を経過しても付着しないことを確認した実験の模式図(髙村浩由准教授提供)

髙村准教授は「タテジマフジツボ以外の付着生物にも効くような物質を見つけたい。今回の研究は、合成に関与した大学院生をはじめ、フジツボの採集など様々な分野の研究者が携わることで成功した。この分野の研究に多くの研究者が参画し、フジツボをはじめとした生物付着による問題が解決されることを願っている」と話した。

研究は日本学術振興会の科学研究費助成事業を受けて行われた。成果は「オーガニック アンド バイオモレキュラー ケミストリー」電子版に5月23日に掲載され、岡山大学などが6月21日に発表した。