「学研が介護をやっているんですか? と未だに言われることがあります─」と話すのは、学研グループの介護分野で認知症グループホームを運営するメディカル・ケア・サービス社長の山本教雄氏。祖業の教育事業のイメージが先行するが、いまや教育事業と医療福祉事業の売上割合は半々。「まだ教育事業ほどのプレゼンスはない。介護分野でも教育分野で築いてきた確固たる安心感があるブランドを確立したい」と山本氏。2050年には5人に1人が認知症になると予測される中、認知症専門のサービスを強みとする同社は更なる事業の拡大を狙う。
介護事業が教育事業を超える?
〝教育の学研〟から〝介護の学研〟になる未来も遠くない─。学研ホールディングスの2023年9月期の決算状況は、売上高1641.2億円、営業利益61.7億円。事業別売上高比率では教育分野と医療福祉分野で半々を占める。学研ホールディングス社長の宮原博昭氏は24年5月末に開かれた戦略説明会において「医療福祉事業は教育事業を超える時期がくる。将来的には教育事業が3割、医療福祉事業が4割、グローバル事業が3割を目指す」と話し、時代のニーズに応えて更なる介護ビジネスへの注力を強調。
介護業界はニチイグループ、SOMPOホールディングス、ベネッセホールディングスが上位に位置する中、施設拠点数ベースでは学研が首位。同社は2004年から介護ビジネスに参入し、高齢の年金受給者が必要なサービスを受けながら生活できる施設を開設。これがのちに制度化されたサービス付き高齢者向け住宅のモデルとなる。その頃から介護事業においてはおよそ20年間のノウハウ蓄積がある。
東京商工リサーチによれば、2024年1-5月の「介護事業者(老人福祉・介護事業)」の倒産は、累計72件(前年同期比75.6%増)となっており、今年に入り介護事業者の倒産が急増している。原因は介護職員の人手不足と物価高に伴う運営コストの増加。これを受け学研グループは救済型M&Aを進め拠点数を拡大。現在拠点数は500を超える。
「事業継承の依頼をいただくことも増えてきた。多くは人材採用の行き詰まりによる倒産。人手不足の中でやっと採用ができても厳しい労働環境下ですぐに退職、また採用コストがかかるという負の連鎖が起きている」と学研グループ取締役兼、認知症グループホームを運営する事業会社のメディカル・ケア・サービス(MCS)社長の山本教雄氏は指摘。
その課題に対し、同社ではグループの学研アカデミーで介護職と保育職の専門人材を育て、その卒業生から採用する循環型の採用に注力。互いのミスマッチをなくし職員の離職率低減につながれば、年間5500万円の人件費削減効果に繋がる試算。
同社では人手獲得に向けて賃上げも進めるが、限られた経営資源の中、「処遇改善のスピードが全く追い付かない」(山本氏)。しかし超高齢化社会は待ってくれずニーズは急速に高まる。2040年以降はピークアウトしていくが、それまでは団塊世代の要介護高齢者が急激に増える社会にどう応えていくか─。
同社ではデジタル機器利用必須化や、会話をデータ化する音声システム、バイタルデータ計測の自動入力など、現場のDX化を急速に進めている。
学研Gの強み「認知症ケア」
MCSは1999年に埼玉県で創業し2018年に学研グループ傘下となる。全国33都道府県で321施設を展開し、今後さらに拡大していくとしている。
2030年には65歳以上の7人に1人が認知症と言われる中、同社の強みである「認知症ケア」に注目が集まる。認知症は完治が難しいため、緩和と予防に向けた大学との共同研究や、専門医からの最新研究情報を同社がもつネットメディア「健達ねっと」で発信。そこで閲覧数が多かった記事を、グループの出版事業で書籍化。ここに蓄積された研究結果は、予防サービスとしてグループの施設に還元するという循環型システムを構築している。
本人だけではなく、認知症に対する家族や周囲の理解を深める取り組みや、次の世代の予防にまつわるあらゆるデータや知見を蓄積中だ。
認知症の介護サービスの本質は〝個性の把握〟だと山本氏は語る。介護サービスにおいてこれが一番大事であり非常に難しい。人の数だけ個性があり、理論では一筋縄にいかない部分。認知症を正しく理解し、個性に合わせた個別のケアプランサービスが同社の強み。
10年前に進出した中国での同事業も好調で、6拠点766床を運営する。中国では介護費用を自費で賄うため、顧客は富裕層が中心。家族との結びつきが日本よりも強く要求レベルも高いが、日本の2倍の月額利用料金でも高い需要がある。
既に高齢者は20億人を超えており、65歳以上は1000万人という市場。「中国のプレーヤーはまだメソッドがない。日本の認知症ケアはレベルが高いと評価されているため事業拡大チャンスは大いにある」と山本氏。
現地の人材教育もグループの強みを発揮。根本思想や価値観が異なる現地職員に対し、行動ベースで仕事を明確化し、実践した結果から行動の意味を理解させるという、日本とは真逆の教育アプローチを行う。
もともとの祖業は教育からスタートした学研。終戦後の1946年に、黒塗りされた教科書で子どもたちが満足に勉強できる学習用教材がないという社会課題を解決すべく、教材出版社を立ち上げ今日までに至る。学研が医療福祉事業に尽力する理由には社会背景の面もあるが、祖業の教育・出版事業、介護は社会課題の解決につながるという強い思いがある。
「われわれはもともと社会課題の企業で、現在最も解決すべき課題は介護問題。社会にとって必要なことなら汗をかこう」と山本氏は日々社員を叱咤激励。少子高齢化の流れの中をどう生き抜くかという命題に立ち向かう学研グループの今後に注目したい。