千葉大学は7月16日、微小粒子状物質(PM2.5)に代表されるエアロゾルの大発生源である中国の風下の太平洋に着目して長期のエアロゾル衛星観測ビッグデータを解析した結果、エアロゾルをトレーサーとしてみなす新しい方法を用いることで、気候の異常などに伴う大気輸送場の変化を検出できることを明らかにしたと発表した。
同成果は、千葉大大学院 融合理工学府の蔡穎大学院生、同・大学 環境リモートセンシング研究センターの入江仁士教授らの研究チームによるもの。詳細は、環境に関する全般を扱う学術誌「Science of The Total Environment」に掲載された。
現在、気候変動の影響が「気候危機」として世界各地で顕在化しており、気候変動の進行に伴って、中緯度で温帯低気圧が通過する経路やそれに付随する降水領域が極側へシフトしているとされる。また陸域においても、気候ゾーンの極側へのシフトが報告されており、気候変動の影響が予測よりも深刻化する可能性もあるため、一刻も早く正確な気候変動の検出を行う必要があるという。
PM2.5に代表されるエアロゾルは人々の健康だけでなく、太陽光を吸収・散乱する効果や雲の性質を変化させる効果によって、地球の気候にも影響を及ぼす。そこで研究チームは今回、そうしたエアロゾルが気候に及ぼす影響とはまったく異なる観点でとらえ、それをトレーサーとみなして気候の異常を検出する新しい方法を開発することにしたとする。
今回の研究では、NASAの人工衛星「Terra」と「Aqua」に共に搭載されている中分解能撮像分光放射計「MODIS」の「エアロゾル光学的厚さ」(AOD)のビッグデータが解析された。2003~2021年の19年間におけるMODIS AODデータの平均マップによれば、中国は他地域よりもAOD値が大きく、エアロゾルの大発生源であることが確認できるという。
また、19年間、毎日3時間ごとにアジア大陸の各主要都市上空の高度100mを起点に10日間の「フォワードトラジェクトリー」(FT)が計算された。質点とみなした空気の塊の移動軌跡(トラジェクトリー)を気象データで計算することをトラジェクトリー解析といい、そのうちの時間を進めて計算したものがFTである。
その膨大なデータをすべて平均したFTを線で示すと、太平洋はアジア大陸の主要発生源の風下に位置していることがわかるという。この結果を踏まえ、中国からのエアロゾルの越境大気汚染経路を他国からの影響を最小にして調べるため、北緯25~30度の緯度帯の太平洋が研究領域に設定された。
次に、北緯25~30度の緯度帯の太平洋上において、中国から発生したエアロゾルが中国沿岸域から東の海上に運ばれる際に、新たな発生源が無く、除去されるプロセスが主に起きていることを確認するため、AODの経度分布が調べられた。その際、年や季節によって中国から発生するエアロゾル量が変わるという影響を相殺するため、中国沿岸域のAODデータで規格化した数値(RAOD)を用いる新たな方法が開発された。これは、ある経度のAODデータを東経125~130度のAODデータで除した値におおむね相当するという。RAODを算出する際、波しぶきに由来する海塩などの自然起源エアロゾルが無視できないことがわかり、その寄与をNASA開発の再解析データ「MERRA-2」を援用して差し引くという工夫も施された。そして同値は、東に向かって指数関数的に減少することが判明した。
また減少の度合いについては、千葉大が主導する、同緯度帯近傍に位置する沖縄辺戸岬と南鳥島の地上リモートセンシング観測網「SKYNET」で得られたAODデータから求めたRAODと整合することも確認された。さらには、RAODの季節変動は大気輸送場の季節変動ともよく対応していたという。このように、エアロゾル(より正確には人為起源エアロゾル)をトレーサーとみなす新たな方法を用いることで、大気輸送場の変動を評価できることが確かめられた。
それらの結果を踏まえ、2003~2021年の19年間を3期間に分けてRAODの長期トレンドが調べられた。その結果、同じ経度でRAODの値を比べると、時間と共にわずかに減少する傾向があることがわかった。また、RAODがある値(たとえば0.2)まで減少する東西方向の距離が短くなる傾向も発見された。RAODがある値まで減少する東西方向の距離が短くなる傾向は、中国沿岸域から真東に運ばれる越境大気汚染の距離が短くなったことを意味し、越境大気汚染経路が北にわずかにシフトしたことで説明できるという。このような温暖化に伴って起きうる傾向を精度高く評価し、気候の異常を一早く検出するためには、さらに長期にわたった人工衛星による地球観測が不可欠とした。
研究チームは今後、日本の主要な地球観測衛星による地球観測の継続と共に、数値シミュレーションやデータサイエンスといった手法を相補的に活用し、気候危機の影響を抑えた安心安全な地球環境の実現を目指していきたいとしている。