名古屋大学(名大)は7月16日、酸化物、酸化グラフェン(GO)、窒化ホウ素などの二次元物質(ナノシート)の高速・大面積成膜法である「自発集積転写法」の開発に成功したと発表した。

同成果は、名大 未来材料・システム研究所の施越研究員(研究当時)、同・李紅学院生、同・常松裕史大学院生(研究当時)、同・尾関晴美研究業務員、同・加納貴美子研究業務員、同・山本瑛祐助教、同・小林亮准教授、大阪大学の阿部浩也教授、国立台湾大学のChun-Wei Chen教授、同・長田実教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、ナノ/マイクロスケールに関する学際的な分野を扱う学術誌「small」に掲載された。

  • 今回の研究のイメージ

    今回の研究のイメージ(出所:名大プレスリリースPDF)

二次元物質は、高い電子・イオン移動度、高誘電性、透明性、高耐熱性など、従来のバルク材料とは異なる機能の発現が期待されている。そうした優れた機能を最大限に引き出してデバイス化するためには、二次元物質をさまざまな基板表面に稠密配列させ、薄膜を作製することが重要となる。

二次元物質の薄膜製造については、従来の化学気相堆積法やラングミュア・ブロジェット法などの適用が検討されてきたが、高品質な大面積二次元物質膜の成膜技術は未確立だという。現行の基板転写プロセスには多くの課題があり、実用化、社会実装が立ち遅れている状況で、これらの課題を解決するためには、大面積二次元物質膜を簡便かつ短時間で実現する新プロセスの開発が強く求められていた。

これまでの研究で、二次元物質インクを利用した新規成膜技術を検討する中で、水面で流氷が並ぶように自発的に並んで、15秒程度で二次元物質の緻密な膜が形成されるユニークな自発集積現象を発見したのが研究チームだ。そこで今回の研究では、同現象を利用してその緻密な膜を基板に転写することで、二次元物質の高速・大面積成膜の実現を試みることにしたとする。

  • 自発集積転写法

    自発集積転写法。(a)成膜操作のイメージ。(b)酸化チタンナノシートの成膜操作。(c)金魚すくい転写のイメージ。(d)金魚すくい法による酸化チタンナノシート単層膜の転写。(e)2インチシリコン(Si)基板上に成膜されたナノシート単層膜の光学画像。(f)共焦点レーザー顕微鏡と原子間力顕微鏡(挿入図)による膜質評価。ナノシートがジグソーパズルのように緻密に配列していることがわかる(出所:名大プレスリリースPDF)

インクには、二次元物質のコロイド水溶液(濃度:0.36wt.%)とエタノールの1:1の混合溶液の利用が好適だという。エタノールの蒸発の際、アルコールの濃度差により二次元物質の対流が生じ、効率的な二次元物質の配列制御が実現する。成膜操作は簡便であり、まず、純水を入れたビーカーに二次元物質のインクを数滴滴下することで、水面で流氷が並ぶように、容器の外側から二次元物質が自発的に並んで、二次元物質の緻密膜が形成されるとした。そして、形成された二次元物質緻密膜を、金魚すくい、紙すき操作で基板に転写することで、ウェハサイズ、A4サイズの二次元物質単層膜(膜厚1~2nm)の成膜を実現できるという。この間に要する時間は1分程度とした。膜質評価の結果、二次元物質がジグソーパズルのように緻密に配列しており、高品質な二次元物質膜の大面積成膜が実現されたのである。

  • 紙すき法によるナノシート膜の転写

    紙すき法によるナノシート膜の転写。(a)市販の料理用容器を利用したナノシート膜の成膜。(b)成膜前のPET基板と(c)GOナノシート膜の写真。(d)共焦点レーザー顕微鏡による膜質評価。ナノシートがジグソーパズルのように緻密に配列していることがわかる(出所:名大プレスリリースPDF)

今回の技術は、さまざまな組成や構造の二次元物質に適用可能であり、極めて汎用性の高い成膜技術だという。また、容器のサイズを変えることで大面積二次元物質膜の作製も可能であり、横サイズ30センチの大型容器を利用することで、A4サイズのPETフィルム、アルミ箔上など、さまざまな形状、材質の基材上への成膜も可能となるとした。

  • 各種ナノシート単層膜の原子間力顕微鏡像

    各種ナノシート単層膜の原子間力顕微鏡像。(a)Ti0.87O2、(b)Ca2Nb3O10、(c)RuO2、(d)Cs2.7W1135(e)GO、(f)h-BN、(g)MoS2、(h)MXene(Ti3C2Tx)。(挿入図)各種ナノシートインクの画像。原子間力顕微鏡による膜質評価。ナノシートがジグソーパズルのように緻密に配列していることがわかる(出所:名大プレスリリースPDF)

そして今回の成膜操作を連続して繰り返すことで、従来の薄膜製造では困難だった単層膜を100層、200層と重ねた多層膜作製も可能。すでに、二次元物質の厚み単位で膜厚を精密に制御した多層膜作製を実現済みだという。今回の技術により作製された多層膜は、透明導電膜、誘電体膜、光触媒膜、腐食防止膜、日射遮蔽膜など、各種機能性薄膜として優れた機能を発揮するとしている。

さらに、今回の技術により作製された二次元物質多層膜は極めて安定であり、多層膜をNaCl水溶液に浸漬させて基板から剥離させることで、ナノシート自立膜の作製も可能となるとした。このようにして作製されたナノシート自立膜は、二次元物質の優れた電磁気機能と共に、高い機械的強度と柔軟性を備えており、絶縁膜、伝導膜、電池、ガスバリア膜、センサなどへの応用にも好適とした。

また、今回の技術は専門的な知識や技術が不要であり、簡便、短時間、少量の溶液で、高品質な二次元物質膜の大面積成膜、自立膜を実現できるため、二次元物質の工業的な薄膜製作法、ナノコーティング法として重要な技術に発展することが期待されるとしている。