近畿大学(近大)は7月12日、独自に作製した抗体が標的であるがん細胞に結合した後、高効率に細胞内に取り込まれる性質があることを見出し、そのメカニズムを明らかにすると同時に、同抗体に抗がん剤を搭載して担がんモデルマウスに注射した結果、がんの増殖をほぼ完全に抑制できることがわかったと発表した。

同成果は、近大 病理学教室の萩山満講師、同・米重あづさ講師、同・伊藤彰彦主任教授らの研究チームによるもの。詳細は、ドラッグデリバリーシステムに関する全般を扱う学術誌「Journal of Controlled Release」に掲載された。

  • 作製された抗体を用いた抗がん剤を、担がんモデルマウスに注射することで、がんの増殖をほぼ完全に抑制されることが確認された

    作製された抗体を用いた抗がん剤を、担がんモデルマウスに注射することで、がんの増殖をほぼ完全に抑制されることが確認された(出所:NEWSCAST Webサイト)

薬剤を効率的にがん細胞まで届けて攻撃を行える医薬品である「抗体薬物複合体」は、運び屋として機能する「抗体」、がん細胞を攻撃する「薬剤」、抗体と薬剤を結合させる「リンカー」の3要素で構成されている。その中でも抗体は、がん細胞の表面にある特定のタンパク質に結合してその内部に取り込まれる仕組みで、「薬物送達ベクター」とも呼ばれる。抗体薬物複合体のがん細胞に対する効果は、がん細胞に抗体が取り込まれる効率に依存しているが、これまでこの取り込み効率に関する詳細な研究は行われていなかったという。

細胞膜を貫通する膜タンパク質「CADM1」は、構造上は免疫グロブリンスーパーファミリーに属しており、細胞同士を結び付ける接着分子として機能している。長年にわたって同タンパク質を研究しているのが研究チームで、近年は、独自のCADM1抗体を用いてがんや神経系疾患の治療法を確立することを目指した研究を進めているという。その一環として、先行研究においてCADM1に結合する「抗CADM1抗体」が、抗体薬物複合体に用いる抗体として有用であることを突き止めていた。しかし、そのメカニズムの詳細を解明できてはいなかったため、今回の研究では、その課題の解決を目指すことにしたとする。

研究チームはこれまで、複数の抗CADM1抗体を作製済みで、先行研究においてはそのうちの抗体AとBの2種類が、がん細胞の増殖抑制に効果を発揮することを明らかにしていた。そこで今回は、まずその2種類についてのシーケエンス解析を行うことにしたという。その結果、それらは同様にCADM1に結合する、IgY(抗体A)とIgM(抗体B)という別の機能を持つ抗体であることが判明した。

  • がん細胞に抗体Aと抗体Bが機能するメカニズム

    がん細胞に抗体Aと抗体Bが機能するメカニズム。(左)抗体Aと抗がん剤を用いた抗体薬物複合体を投与した場合。(右)抗体Aと抗がん剤を用いた抗体薬物複合体と抗体Bを投与した場合(出所:NEWSCAST Webサイト)

次に、抗体Aを蛍光色素で標識した上で細胞に添加し、蛍光を検出することで抗体Aの局在が調べられた。細胞がCADM1を発現している場合には、抗体Aは添加後1時間以内にその細胞の表面に集積したという。その後、10時間かけて少しずつ細胞の内部に移動(内在化)していったが、内在化したのは全体の抗体の一部だったとした。

一方、抗体Aと抗体Bを同時に添加したところ、抗体Aは1時間以内に細胞の表面に集積し、その後5時間以内にほぼすべてが細胞内に移動した。ここから、抗体Aは内在化する性質を持ち、抗体Bはその内在化を著しく促進することが確認された。この現象は、CADM1の細胞膜上の局在が、抗体Bが結合することによって、特殊な領域の「脂質ラフト」に移動することで生じることも突き止められた。

抗体の内在化現象は、薬剤を効率的に標的細胞に送り込む手段として注目されており、同現象を活用した抗体薬物複合体は、リンパ腫や乳がん、膀胱がんなどに対する抗がん剤として臨床の現場で使用されている。そこで続いては、抗体Aに抗がん剤(チューブリン重合阻害剤MMAE)を搭載した抗体薬物複合体が作製された。

CADM1を発現するがん細胞「マウス黒色腫B16細胞」をマウスの皮下に移植して増殖を確認した後、抗体A-MMAE複合体を抗体Bと共に移植部周辺皮下に注射が行われた。すると、腫瘍の増殖はほぼ完全に抑制されたという。つまり、抗体A-MMAE複合体はB16細胞に内在化し、細胞内でMMAEが遊離して、B16細胞の細胞死を誘導したことが考えられるとした。また、蛍光標識した抗体Aについて細胞内での局在部位が詳細に調べられたところ、内在化した抗体Aは細胞内小器官「リソソーム」に到達していることが確認され、細胞内でのMMAE遊離は同小器官にて起こることが示唆されたとする。

CADM1を発現する腫瘍として、中皮腫、成人型T細胞白血病、骨肉腫、小細胞肺がん、早期肺腺がん、子宮内膜腺がん、小腸消化管間質腫瘍などが知られている。抗体A-MMAE複合体は、これらの腫瘍に対して治療効果を発揮する可能性が考えられるとする。また、薬剤を目的の細胞に効率的に送達することは、投薬量の削減と副作用の低減につながるため、今回の研究成果は薬物送達ベクター開発の研究領域に新たな視点をもたらすものとして期待されるとしている。