日本IBMは7月11日、都内で年次イベント「Think Japan」を開催した。今年のThink Japanは信頼できる「ビジネスのためのAI」による業務変革に加え、システム開発・運用におけるITの高度化など、経営上の優先課題へのアプローチを事例とともに紹介。本稿では、基調講演をお伝えする。

重要な分岐点を迎えた日本企業、IBMが取り組む3つのポイント

今年のThink Japanのテーマは「成長か、停滞か、重要な分岐点。『ビジネスのためのAI』で一歩先へ」だ。

オープニングスピーチは、日本IBM 代表取締役社長の山口明夫氏が担った。同氏によると、この30年間はイノベーションに多くの費用をかけることができないデフレ経済の状況下において、どうにかコストを削減し、利益を確保してきたという。

一方で、山口氏は「近年では世界情勢が大きく変化し、不確実性が増す中で調達コストや資源などが高騰し始め、結果として物価が上昇するとともに金利もマイナスからプラスになりました。経済がマイナスに回っていたものがプラスに回り始めましたが、コロナ禍を経て日本の人材不足や少子化の影響、資源の少なさがあり、これらを克服しながら前進しなければいけない。そういったところに現在、私たちはいます」と指摘。

  • 日本IBM 代表取締役社長の山口明夫氏

    日本IBM 代表取締役社長の山口明夫氏

しかし、山口氏はこうした状況を悲観的に捉えるのではなく、大きくイノベーションを進めるためのチャンスと考え、生成AIや量子コンピュータなどの新しいテクノロジーを活用することでビジネス、仕事のやり方自体を変えていくべきとの認識だ。

現状ではテクノロジーを活用して効率化を図る動きは多く検討されているものの、それだけでは結果的に成長には結びつかないとの見解も示す。そのため、新しい製品やサービス、ビジネスモデルを企業間で創出し、国内外に提供していくことで自社のビジネスの成長につなげるとともに、効率化により生まれた時間ととコストを新しいものに振り向けていくべきだという。

そのような中で同社は「ハイブリッド・バイ・デザイン」「オープンなAI」「自動化」に取り組んでいる。これら3つについては、米IBM 上級副社長 ソフトウェア兼チーフコマーシャルオフィサーのロブ・トーマス氏が説明した。

ハイブリッドクラウドについて、トーマス氏は「5年前は単一のパブリッククラウドになるだろうと共通の見方をしていましたが、大半の企業がパブリッククラウド、プライベートクラウド、エッジコンピューティングなどを含めたハイブリッドクラウドの戦略であり、現在のデフォルトです」と話す。

  • 米IBM 上級副社長 ソフトウェア兼チーフコマーシャルオフィサーのロブ・トーマス氏

    米IBM 上級副社長 ソフトウェア兼チーフコマーシャルオフィサーのロブ・トーマス氏

この分野ではRed Hatがリーダーであり、ハイブリッドクラウドアプリケーションプラットフォームの「OpenShift」はアプリケーションのデプロイを簡素化し、コンテナ化を進めているほか、自動化プラットフォームの「Ansible Automation Plarform」を提供しており、ハイブリッドクラウドこそが共通的なアプローチだという。

企業におけるAIとデータの活用は初期段階

AIについては、生成AIによるGDPの推定増加額が7兆ドル、生成AIを試験運用中の企業数が45%、本番運用中の企業数が10%という数値を示し「AIとデータの活用はまだまだ初期段階」と同氏は位置付けている。

  • 企業における生成AIの活用は道半ばの状況だという

    企業における生成AIの活用は道半ばの状況だという

そうしたことから、同社では生成AIを本番環境で活用していない企業に対して、昨年の「Think 2023」で発表した「IBM watsonx」を訴求。NTTデータはAIを活用して、デジタルレイバー(自動化ツールやAIを利用して作成されたソフトウェアロボット)をオーケストレーションする「IBM watsonx Orchestrate」により、70%の業務生産性の向上を実現したという。

watsonx Orchestrateは、迅速にAIアシスタントを作成できるアシスタントビルダーを備えていることに加え、そのほかにもプログラミングコードの生成する「watsonx Code Assistant」、生成AIを用いてメインフレーム「IBM Z」のCOBOLをJavaに変換する「watsonx Code Assistant for Z」、IBM Zプラットフォーム上で生産性を向上させるための生成AIアシスタント「watsonx Assistant for Z」などをトーマス氏は紹介した。

さらには、オープンソース化された独自の基盤モデル「Granite」や、IBMとRed Hat開発したLLM(大規模言語モデル)を強化するためのオープンソースAIプロジェクト「InstructLab」を挙げていた。

サイロ化したツールの解消に向けたIT運用の自動化

自動化に関しては「IBM Concert」を解説。ある調査結果では、ITの複雑さが成功の妨げとなっていると回答した企業リーダーが82%に達し、テクノロジー支出の意思決定に関する重要な情報が不足していると回答したビジネスリーダーは55%、生成AIが2028年までに開発クラウドネイティブアプリケーションの数は10億だという。

トーマス氏は「こうしたサイロ化したITツールなどを自動化していく必要がある。自動化の全体状況を把握するにはAI主導の洞察、可観測性、AIOps、リソースの最適化管理、ネットワーク、インフラストラクチャ、FinOps、IT予算などが基盤にあります。近代的な自動化のスタックはこういうものから構成されます」と説明する。

同社では、ITの自動化に向けて可観測性とAIOpsに「Instana」「IBM Cloud Pak for AIOps」、リソースの最適化に「Turbonomic」、ネットワーク管理に「SevOne」「NS1」「Hybrid Cloud Mesh」、インフラストラクチャ管理に最近買収を発表した「Hashicorp」、FinOpsに「Cloudability」、IT予算に「Apptio」など、買収も含めた積極的な投資を進めてきている。これらの構成要素にAI主導としてIBM Concertが加えられた。

  • ITの自動化に向けたIBMの製品群

    ITの自動化に向けたIBMの製品群

同氏は「これにより、障害対応の時間などを削減できます。IBM ConcertはITの運用を自律的に運用することを可能とし、アプリケーションを管理することでコストを抑えるとともに、性能を最適化することを可能としており、経済性をマルチクラウド環境の中で実現できます」と力を込める。

そして、最後に同氏は「当社では信頼性のあるAIを実現することができるほか、柔軟性を持ち、オープンなAIを提供することができます。これは競争力にとって重要かつ日常的にAIを利用するために必要なものです」と結んだ。