神戸大学と分子科学研究所(分子研)の両者は7月10日、不凍液に浸した氷の表面形状を冷却ボックスで冷やした原子間力顕微鏡を使って精密に計測し、高さが0.1nmの階段状の構造が氷表面に発生することを見出したと共同で発表した。
同成果は、神戸大大学院 理学研究科の大西洋教授(分子研 特別研究部門 教授兼任)、同・柳澤瞭大学院生、同・陸政希大学院生、分子研の湊丈俊主任研究員、同・上田正主任技術員、同・中本圭一特任研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学協会が刊行する化学物理学と物理化学を扱う学術誌「The Journal of Chemical Physics」に掲載された。
我々が生活している1気圧下では、一般的に水は0℃以下になると氷になる。さまざまな分子性結晶の中で、氷はとても身近な存在であり、我々に最も関係の深い物質といえる。しかし、氷はすべてがH2Oの固体かというとそうではなく、我々の一般的な生活環境の中では氷は水とは切っても切れない関係にある。
氷が大気中に存在する場合でも、温度がよほど低くない限り、氷の表面は溶けたり凍ったりを繰り返しており、薄い水膜が氷を覆っている。そのため、水と氷が接する界面(水‐氷界面)を分子レベルで精密に計測するためのさまざまな努力が重ねられてきたが、氷を水に入れて温度を0℃ぴったりに合わせても、水‐氷界面の位置は動いてしまう。世界最高性能の顕微鏡を使っても、動いている界面の分子レベルでの計測は非常に難しいという。
そこで研究チームは今回、「不凍液に浸した氷を計測する」ことを思いついたとのこと。不凍液とは、0℃より低い温度でも凍らない液体のことであり、0℃より低い温度の不凍液に浸した氷は溶けないため、不凍液と氷の界面は動かないという。そのため動かない界面であれば、いろいろな種類の顕微鏡を使って精密に計測することができるものと推測された。
同アイデアの有効性を確かめるため、今回の研究では-7℃に冷やした「オクタノール」(C8H17OH、-16℃までは凍らない)に氷を浸し、オクタノールと接する氷の表面形状に対して、原子間力顕微鏡を用いた計測が行われた。しかし、オクタノールと氷だけを冷やして計測してもよい結果を得ることはできないため、原子間力顕微鏡のシステム全体を冷やして使用する必要があった。精密な計測装置を氷点下で安定に動かすためには工夫が必要だったが、研究チームはさまざまな試行錯誤を経て、分子研で稼働中の顕微鏡装置を冷却ボックスに入れて丸ごと冷やす方法を見出し、氷と不凍液が接する界面を精密に計測できるようにしたとする。
その結果、オクタノールに浸した氷の表面を原子間力顕微鏡で計測した画像には、2枚の平らな面がつながった階段のような構造が写っていたとのこと。階段部分の段差を画像から解析したところ、0.1nmしかなかったといい、これはH2O分子1個に匹敵する小さい段差だという。オクタノールに浸す前の氷表面には、霜柱のような凹凸構造(高低差およそ20nm)が存在していたので、オクタノールに浸したことによって氷表面がとても平らになったことが明らかにされた。
研究チームは今後、氷をより深く理解し、氷をさらに効果的に利用する、つまり氷のサイエンスとエンジニアリングをアップデートするため、今回提案された「氷と不凍液の界面を分子レベル計測する」アイデアの応用範囲を広げていくとする。具体的には、顕微鏡の撮像倍率を上げて氷を構成する1つ1つのH2O分子を撮像することや、原子間力顕微鏡以外の計測法に応用すること、普通の水に近い性質を持つ不凍液に氷を浸しての計測など、さまざまな展開が期待できるとした。
また、今回の研究に使用された顕微鏡装置は、室温から-10℃までの温度で良好に動作するといい、氷に限らずどんな固体でも低温で計測できるため、まだ研究チームでは未発見の利用法があるかもしれないとしている。