歯のインプラント埋入後の合併症であるインプラント周囲炎の治療で、手術をすることなく薬剤を患部に送り届ける光応答性ナノ複合体の開発に、北海道大学などの研究グループが成功した。複合体を注入した歯ぐきの上から光を照射すれば薬剤がじわじわと広がり、炎症を抑えることができる。これまでインプラント周囲炎に対する治療法は少なく、新たな手法の開発が求められていた。今後、ヒトへの応用を目指して研究を進める。

歯科インプラントは欠損した歯の代わりに人工歯根を顎の骨に埋め込み、直接結合するもので人工の歯の強固な土台となる。インプラント周囲炎はインプラントを埋入した骨や歯ぐきにかかわる炎症で細菌感染が主な要因となる。通常、歯根膜と呼ばれる薄い結合組織が歯を保護している。歯がなくなると歯根膜もなくなるため、インプラント周囲炎が起こると悪化しやすく、骨吸収(こつきゅうしゅう)と呼ばれる顎の骨がすり減る症状が起きてインプラント本体との結合が失われ、最終的にはインプラントごと脱落してしまう。

脱落を防ぐためには、炎症が見つかれば、薬を塗ったり、レーザーで治療したりする。症状が進むと歯ぐきを切開して薬剤を塗ることになり、患者への負担が大きい。加えて、歯周ポケットの深い部分に薬剤を留置する必要がある。インプラントは専門性の高い自由診療であるため、一般歯科診療でできる治療には限界があり、治療法の選択肢の少なさも課題だった。

問題を解決するため、北海道大学大学院歯学研究院の平田恵理助教(歯科補綴(ほてつ)学)らの研究グループは、カーボンナノホーンと呼ばれる炭素でできたメッシュ状の素材を金平糖のような形でつなぎ合わせ、そこに既存の抗菌薬であるミノサイクリンと、生体親和性が高いヒアルロン酸を組み合わせた複合体を開発した。この複合体に近赤外光を照射すると、カーボンナノホーンが温まる「光熱効果」が生じ、ミノサイクリンが徐々に放出され、インプラント周囲炎の原因菌への殺菌作用が確認できた。

  • alt

    光応答性ナノ複合体にヒアルロン酸とミノサイクリンを組み合わせ、インプラント周囲炎の部分に注入するイメージ図。歯ぐきの上から光を照射して殺菌する(北海道大学提供)

カーボンナノホーンの単体は直径5ナノメートル(ナノは10億分の1)、高さ約50ナノメートルの黒い円錐状。様々な薬剤を内包でき、近赤外光をよく吸収する。カーボンナノチューブと異なり、金属触媒を使わないため、生体への害は低いと考えられている。今回、カーボンナノホーンを組み合わせて、約100ナノメートルの大きさの複合体にした。

ただし、複合体にミノサイクリンを付けただけでは、近赤外光を当てても変化が無かった。そこで、生体に使えるヒアルロン酸を添加したところ、波長738ナノメートルのLED光源でミノサイクリンが放出されることが確認できた。他の波長の光では歯ぐきを透過しないため、近赤外光を使った。シャーレの実験では、光を照射しなくても殺菌効果があったが、照射すると菌はほぼいなくなった。48時間経っても効果が持続していることも確認できた。

  • alt

    今回開発した複合体に近赤外光を照射することで、細菌生存率はほぼゼロになった(北海道大学提供)

平田助教は複合体を歯周ポケットに直接作用させる手法を想定したことについて「少量で効果が出せて、ポケットの深部に届かせることができ、素材の劣化があまりない材料を用いたかった。実用化にはまだまだハードルが高いが、一般診療でも簡単にインプラント周囲炎に対応できるよう、臨床応用を目指したい」と話している。なお、具体的にどのような方法でポケット深部に薬剤を送達するかはこれから検討するという。

今後は動物実験を行うと共に、カーボンナノホーンの生体親和性についても詳しく調べる。現在、カーボンナノホーンと医療用ヒアルロン酸は高価だが、「大量生産できればコストも削減できる。ミノサイクリンは安価なので、実用化できれば長期的な視点では患者の費用負担も軽くなるのではないか」としている。

研究は日本学術振興会の科学研究費助成事業と花王クレセントアワードの助成を受けて行われた。成果は英国のナノ材料専門誌「ナノスケール」電子版に6月14日に掲載され、同月26日に北海道大学などが発表した。

関連記事

東北大の超高純度鉄、生体になじむ性質を確認 医療用に期待