ニコンは7月4日、不妊治療の顕微授精に特化したICSI(卵細胞質内精子注入法:Intracytoplasmic Sperm Injection、イクシー)/IMSI(卵細胞質内形態選別精子注入法:Intracytoplasmic Morphologically selected Sperm Injection、イムジー)用電動倒立顕微鏡「ECLIPSE Ti2-I(エクリプス ティーアイツーアイ)」を発表した。同製品はすでに7月5日より発売が開始されている。
同日、同顕微鏡の特徴などに関する説明会が開催。日本臨床エンブリオロジスト学会 理事長/みなとみらい夢クリニック 培養室長の家田祥子氏が「胚培養士の現状と課題、不妊治療の未来」と題し、実際に使用してみた感触などを含めた不妊治療の現状について講演を行った。
不妊治療ニーズの高まりに伴い増加する胚培養士の負担
少子化は世界的に大きな社会課題の1つとなっており、女性の社会進出や晩産化などの影響から、日本のみならず欧州や米国においても不妊治療のニーズは増加傾向にある。
不妊治療は主に、「一般不妊治療」と「生殖補助医療(ART)」の2つに分けられ、不妊検査、タイミング法、人工授精などの一般不妊治療を行い、妊娠にいたらなかった場合に、体外受精や顕微授精などの生殖補助医療へステップアップすることが一般的な流れとされている。
日本でも、全出生児に占める生殖補助医療によって誕生した出生児の割合は年々増加傾向にあり、2021年には全体の8.6%(約11.6人に1人の割合)を占めるまでに増加。2022年4月からは不妊治療が保険適用されたこともあり、一般不妊治療や生殖補助医療の件数は今後も増加することが見込まれている。
こうした不妊治療を支えるのが「胚培養士(エンブリオロジスト)」だ。胚培養士とは、精子や卵子、受精卵、胚を取り扱う医療技術者で、胚培養から移植されるまで胚の凍結保存など最適な環境で厳重に管理していくほか、24時間対応でのインキュベーターや液体窒素タンクの監視などの培養室危機管理も行っている。
不妊治療の需要が高まりを見せる中、胚培養士はその根幹を支える重要な存在である一方で、国家資格の認定がされておらず地位が確立されていないということもあり、なり手が少ないという現状がある。また、全体の数が少ないということは、教育の担い手も少ないということでもあり、新卒の離職率は看護師よりも高い状況にあるほか、胚培養士は都心に集中しているため、地方と都心の医療格差の広がりも危惧されているという。
このような状況でもあるため、現役の胚培養士への負荷は高まりつつあり、加えて技術の高度化に伴い、作業の効率性・正確性もますます求められるようになっている。特に、顕微授精は人が精子を選び、卵子に注入する人為的な操作であり、その操作には専門性が必要とされる。そのため、小中規模施設や地方といった規模の大小や地域問わずに多くの胚培養士が安心して容易に使える顕微授精用の顕微鏡が求められていた。
こうしたニーズを踏まえる形で今回、ニコンはベテランでも初心者でも顕微鏡の操作が容易にでき、胚培養士の負荷軽減をサポートできる顕微授精に特化したECLIPSE Ti2-Iの開発を行ってきたとする。
「ECLIPSE Ti2-I」の特長
ARTの主要なステップには、精子の分析と選別、卵子や紡錘体の観察、精子注入、胚の継続管理などの複数のプロセスがあり、それぞれのワークフローにて顕微鏡を使用する複雑で繊細な操作および観察が要求される。しかし、従来機種では対物レンズや光量、コンデンサなどの設定をその都度行う必要があり、慣れていないと設定だけで30分ほどかかってしまうこともあるという。
ECLIPSE Ti2-Iは、こうした課題に対し、顕微授精に必要なプロセスごとの設定を手元のボタンおよびディスプレイに集約することで、顕微鏡操作の工程数を約75%削減することに成功。登録できるボタンは6つあり、観察モードを頻繁に変更する顕微授精のワークフローにおいて効率化を実現した。また、ボタンを押しても、ディスプレイ上でタッチしても機能は連動しているため作業者の好みの方を選択することができるとしており、実際に同顕微鏡を活用した家田氏は「操作ごとに手袋を外す必要がなくそのままワンタッチでディスプレイを操作できることに感動した」とその使い勝手の高さを評価していた。
また、ユーザーが顕微鏡に登録した内容と異なる使い方を行った場合、アラートを表示して操作ミスを防ぐ機能もついているとのこと。例えばAさんが光路を接眼レンズから顕微鏡左カメラ(作業をする際に左側にあるカメラ)に切り替えたままで作業を終了すると、次に使用するBさんが接眼レンズを覗いても何も見えない状態のままとなる。通常であれば、何がどのように変更されているかが分からず、使えるようになるまでロスタイムが発生することになるが、同顕微鏡では、何がいつもの設定と違っているのかをディスプレイ上で知らせてくれるため、そのロスタイムを減らすことができるのだという。
特に新人の胚培養士は顕微鏡の操作に慣れておらず、また高価な装置を操作する経験が少ないため、余計に構ってしまったり、操作を戻すことができなくなったりすることも多いとのこと。「壊れてもないのにわざわざ修理会社を呼ぶ手間を省けるし、もしワークフローの中で失敗が起きても、胚培養士の腕が悪かったのか、機械が悪かったのか、何が原因でそれが起きたのか可視化することが出来るだろう」と家田氏は言う。
さらに、ニコン独自の光学技術により視認しにくい紡錘体を全方位でカラー表示させ、位置を確認しながら顕微授精を行うことを可能にしたことも特長の1つとなっている。紡錘体とは細胞分裂のために形成されるもので、卵子が成熟しているときに観察することが可能。紡錘体により核の位置が分かるため、核を傷つけない顕微授精を行うにはとても重要だという。紡錘体がカラーで表示されることで容易に識別できるようになるほか、全方位で観察可能であるため卵子の向きを変えても紡錘体を視認しやすく、見失うことはほとんどないとする。加えて、紡錘体の観察には従来、複雑な設定を必要としていたが、観察モード切替ボタンのみで簡単に観察することを可能としたことも特長だとしている。
なお、同社は今後、個人情報の問題はあるもののAI機能の導入にもチャレンジしていくことで、より使いやすい顕微鏡を開発していきたいとしており、グローバル規模で不妊治療技術および受精率の向上に貢献していきたいとしている。