理化学研究所(理研)と北海道大学(北大)は7月9日、冬眠を行う哺乳類に見られる大きな体温変動の背後に、信号の周波数を変化させて伝えるFMラジオのように、周波数(体温の周期変動)を変化させる仕組みが存在することを発見したと共同で発表した。
同成果は、理研 数理創造プログラムの儀保伸吾特別研究員、同・黒澤元専任研究員、北大 低温科学研究所の山口良文教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、睡眠や概日リズムほか生物学的リズムに関する全般を扱う学術誌「npj Biological Timing and Sleep」に掲載された。
冬眠は、寒冷と餌の枯渇に見舞われる冬を越えるため、動物が可能な限り代謝を下げて眠るようにしてやり過ごす際に、体温が平常時より低下する現象のことを言う。冬眠は長く研究が行われているが、「なぜ冬眠するのか」「どのように冬眠を始めるのか」「冬眠中に動物の体内で何が起きているのか」「人間は冬眠できるのか」など、まだわかっていないことは多い。
冬眠するほ乳類はその様式により、便宜的に「義務的冬眠動物」と「条件的冬眠動物」に大別される。ハムスター類は条件的冬眠動物で、冬のような飼育環境に置かれると、実際の季節に関係なく、数か月の後に自発的に冬眠を始める。一方、クマやジュウサンセンジリスなどの義務的冬眠動物は、冬のような実験環境下でずっと飼育された場合でも、約1年の周期で冬眠を繰り返す。後者の冬眠には、概年リズムが関係していると考えられている。
小型の冬眠動物は、体温と代謝を下げる「深冬眠」と呼ばれる状態と、通常の体温に戻る「中途覚醒」と呼ばれる状態を何度も繰り返す。この深冬眠と中途覚醒の繰り返しという大きな体温変動は冬眠の重要な特徴だが、その生理学的な意義は不明だという。また体温データは、冬眠中でも測定可能な重要な指標とされているが、ノイズが多く、変動の周期も必ずしも一定でないため、詳細な時系列データの解析が困難だったとする。そのため、こうした体温変動の背後にある原理も解明されていない。
そこで研究チームは今回、条件的冬眠動物のシリアンハムスターの長期かつ高解像度の体温データセットを基に、実験データを精度よく再現する数理モデルを探索することで、冬眠動物に見られる体温変動の制御原理の同定に挑むことにしたという。
その結果、FMラジオのように徐々に周波数が変化していくと仮定した数理モデルがシリアンハムスターの体温データを再現することが判明し、同数理モデルを「周波数変調モデル」と提唱することにしたとする。同モデルでは、長い周期(数百日)が短い周期(数日)のリズムの進行を調節する。これまで、概年リズムとは関係なく冬眠するとされてきたシリアンハムスターにおいて、数百日の周期が発見されたことは予想外とした。
次に、上述の数百日の周期は、ジュウサンセンジリスなど、概年リズムを持つ義務的冬眠動物が、実際に冬眠を行う年単位の周期と関係し得るのかを調べるため、同リスの体温データセットを再現する数理モデルを同様に探索することにしたという。
すると、周波数変調モデルがジュウサンセンジリスの冬眠の体温データも再現できることが判明。さらに、同数理モデルから推定された長い周期は、ジュウサンセンジリスが一定の環境下で冬眠を繰り返した際の日数と相関していたとした。つまり、この長い周期は冬眠の概年リズムの周期を表している可能性があることがわかったのである。
今回の研究成果は、実際の体温データと数理モデルからボトムアップのアプローチを用い、複数のほ乳類種において、冬眠中の大きな体温変動の背後には「周波数変調」というシンプルな共通の原理が存在することが実証されたもの。
また今回の研究は、今後、さまざまな動物がどのようにして冬眠するのかを比べたり、冬眠の仕組みに迫ったりする上での手掛かりになるという。具体的には、体内の遺伝子やタンパク質が変化した個体を冬眠させた際に、今回の研究で見出された数理モデルに含まれる、細かな設定(短い周期や長い周期など)の値がどのように変化するのかを調べることが可能になるとする。これにより、冬眠の仕組みに関わる遺伝子やタンパク質を発見したり、それらの働きを理解したりすることが期待できるとしている。
さらに、今回の研究では対象としていない、大型のヒグマやツキノワグマなど、他にも冬眠する動物はまだいるため、それらの動物の冬眠時の体温変動パターンを調べる上でも、今回用いられたアプローチが有用かどうかの検証も興味深い課題とした。
今後、さらに研究を進めることで、冬眠中に体内でどのようなことが起こっているのか、どうやって冬眠するように進化したのかが解明されることが期待されるとしている。