東京工業大学(東工大)と東北大学は7月8日、中低温で「プロトン(=水素イオンまた陽子、H+)伝導度」を示す新物質「Ba5Er2Al2SnO13」(以下、新物質(1))を創製・発見したことを共同で発表した。
同成果は、東工大 理学院化学系の八島正知教授、同・松崎航平大学院生(研究当時)、同・齊藤馨大学院生、東北大 金属材料研究所の南部雄亮准教授、同・池田陽一助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する機関学術誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。
東工大の八島教授らは2020年に、六方ペロブスカイト関連酸化物(以下、「六方PRO」)の一種「Ba5Er2Al2ZrO13」(以下、酸化物(A))が、化学置換なしで300℃付近の中温で高いH+伝導度を示すことを発見。酸化物(A)は本質的な酸素空孔を有しているため、化学置換なしでも比較的高いH+伝導度を示すが、最も高い伝導度を示す「AMO3ペロブスカイト型H+伝導体」(Aは比較的大きい陽イオン、Mは比較的小さな陽イオン)と比べると、酸化物(A)のH+伝導度は低く、さらに高い性能の新材料が求められていた。酸化物(A)の水の取り込み率は低いので、完全水和した六方PROを発見できれば、H+伝導度の向上が期待されるという。そこで研究チームは今回、化学置換なく合成でき、水和とH+伝導を示すことが期待される、本質的な酸素空孔を持つ新物質を探索することにしたとする。
その結果、六方PROの新物質群「Ba5R2Al2SnO13(R=Gd,Dy,Ho,Y,Er,Tm,Yb)」(以下、新物質群(2))が創製・発見された。中でも、新物質(1)の試料は、湿潤酸素中、湿潤空気中、湿潤CO2中、湿潤水素中の各条件において、600℃でアニール(熱処理)しても分解しないことから、高い化学的安定性を持つことが確認された。新物質(1)のH+伝導度は非常に高く、たとえば従来材料のBaCe0.9Y0.1O2.95よりも16倍高いH+伝導度を示したという。この高H+伝導度の原因は、高いプロトン濃度と高いプロトン拡散係数が原因であると解明された。
熱重量分析と中性子回折データを用いた構造解析により、新物質(1)の水の取り込み率は100%であり、完全水和していることが分かったほか、結晶構造解析の結果、取り込まれた水の酸素原子がBaO層に存在する酸素空孔を充填すること、つまり水和がBaO層において生じることが分かったという。新物質(1)の酸素空孔量は比較的高く、完全水和しているため、プロトン濃度が高いことが大きな特徴である。また、第一原理分子動力学シミュレーションの結果、新物質(1)の[ErO6-ZrO6-ErO6]八面体層においてプロトンが高速移動することが分かったとする。そのため新物質(1)の拡散係数とH+伝導度が高いと考察される。新物質(1)は完全水和を示す初めての六方PROであり、「完全水和による六方PROの八面体層における高H+伝導」という新しいH+伝導体のデザイン法が示された。
また今回の研究により、新物質群(2)は湿潤雰囲気で高い電気伝導度を示すことが判明。このことから、新物質(1)と同様に、残りのBa5R2Al2SnO13(R=Gd,Dy,Ho,Y,Tm,Yb)も高H+伝導体であることが示唆され、H+伝導体の新物質群が見出されたと考えられるとした。
中温で高い伝導度と高い化学的安定性を示す新物質(1)を電解質に用いたプロトンセラミック燃料電池を作製できれば、現在実用化されている高分子燃料電池で使われている、白金が不要になる。また従来のセラミック固体電解質「YSZ」よりも動作温度を低くでき、耐熱材料も不要となる。こうした理由から、燃料電池の製造コストを大幅な削減が期待されるとした。高H+伝導体の新物質(1)は、高性能燃料電池以外にも、水素ポンプ、水素センサなどへの応用も見込まれている。こうした点から、今回の研究成果には、新しいクリーンエネルギー技術と持続可能な社会の実現に貢献し、エネルギー・環境問題を解決するという社会的インパクトがあるといえる。
今回の研究により、新物質(1)が完全水和により、従来のH+伝導体の設計戦略である化学置換を超える性能が出せることが実証された。今後、新物質(1)などの本質的な酸素空孔を持つ材料の研究開発が活発になると考えられ、同時に新物質(1)を用いた電気化学デバイスの開発もされるだろうとした。また、今回の研究では、六方PROの新物質群(2)も創製・発見され、新規H+伝導体であることが示唆されたため、今後、Ba5R2Al2SnO13の基礎的および応用的な研究も進められるだろうとしている。