沖縄科学技術大学院大学(OIST)は7月5日、米国で一般的に見かける褐色種の「フロリダオオアリ」が、負傷した仲間の脚を診断し、傷の種類に応じて傷口の洗浄や切断などの治療を選択的かつ、特殊な分泌腺などを使用せず、ただ機械(外科手術)的に行うことを確認したと発表した。
同成果は、OIST 生物多様性・複雑性研究ユニットのエヴァン・エコノモ教授、同・ラザート・アイベコヴァ大学院生らが参加する国際共同研究チームによるもの。詳細は、ヒトを含めた生物に関する全般を扱う学術誌「Current Biology」に掲載された。
アリは、巣の仲間の傷を治療する種がおり、エコノモ教授らの研究チームは2023年に、「マタベレアリ」が、特殊な分泌腺を使って傷に抗菌化合物を接種し、感染の可能性を抑えることを発見している。それに対して今回確認されたフロリダオオアリは、そのような分泌腺を持たず、機械的な手段のみで仲間を治療している点が特殊だという。切断行動に関していえば、今回発見されたフロリダオオアリの行動は、動物界において同じ種の別の個体によって行われる、洗練されていてなおかつ体系的な外科的切断の唯一のケースだとする。
また今回のフロリダオオアリに関する研究では、腿節(たいせつ)の裂傷と足首のような脛節(けいせつ)の裂傷という2種類の脚の負傷が分析された。すると、フロリダオオアリの機械的治療には、2つの方法があることが明らかにされたという。まず腿節の負傷では、すべてのケースにおいて、巣の仲間が切り口を口器で洗浄した後、脚を完全に噛みちぎったとする。その一方で、脛節の負傷の場合は、口器による洗浄のみが行われたとした。
なお常に切断される腿節の負傷では、成功率は90~95%で、切断しない脛節の場合は、75%の生存率だったとした。対照的に、感染した腿節と脛節の傷を放置した場合の生存率はそれぞれ40%未満と15%未満だったという。いずれの場合も、感染した傷を持つアリの生存率が大幅に向上することが確認された。アリは傷の種類を確認し、情報に基づいて患者に施す最適な治療方法を選択していると考えられるとした。
ここまでの事実から研究チームでは、選択する治療法と、傷の部位からの感染リスクが関連しているという仮説を立てたという。アリの脚のさまざまな部位の構造を画像に収められ、血流と創傷治癒の関連性が分析された。その結果、腿節は大部分が筋肉組織で構成されており、血リンパと呼ばれる血液を脚から胴体に送り出す機能的な役割を担っていることが示唆されたとする。腿節に傷がつくと、筋肉が損なわれ、細菌を含む可能性のある血液を循環させる能力が低下する。一方、脛節には筋肉組織がほとんどないため、血液の循環にはほとんど関与しないとした。脛節の損傷では、血リンパの流れが阻害されることが少ないため、細菌がより早く体内に侵入する可能性があり、その一方で、腿節の損傷では脚の血液循環のスピードが遅くなることが確認されたとしている。
脛節の損傷で感染が早まるのであれば、脚を全部切断するのが最も適切であるように思えるが、実際は、アリが脚を切断するスピードによって、対応に差が生まれることも判明。アリが脚を切断するには少なくとも40分かかる。実験によると、脛節を損傷した場合、感染後直ちに脚を切断しなければ、アリは生存できない。アリは有害な細菌の拡散を防ぐために脚を素早く切断できないため、脛節の傷の洗浄に時間をかけることで、致死的な感染の確率を抑えようとしているという。アリが傷口を診断し、感染しているか、無菌であるかを確認し、それに応じて他の個体が長時間にわたって治療するということは、人間の医療システムに匹敵する唯一の医療システムであることがいえるとした。
このように行動が洗練されていることを考慮し、次に、フロリダオオアリたちがどのようにしてこのような精密な治療が行えるのかが調べられた。すると、すべて生まれつきの行動であることがわかったとする。アリの行動は個体の年齢によって変化するが、学習によるものであるという証拠はほとんど見つかっていなかったとした。
今回の研究は、アリと人間の医学の類似性をさらに深めるものだとする。感染した手足の切断はかつては好ましい治療法だったが、抗生物質に取って代わられた。研究で、異なる種のアリも戦場で負傷したアリの治療に同様の戦略を用いていることが示されている。
今回の国際共同研究チームの一員であり、3Dイメージングとアリの解剖学の専門家であるエコノモ教授は、今回の研究成果に対し、「このことは、社会を形成する動物が、人間特有のものと考えられてきた複雑な協力行動(今回の場合は医療行為)を進化させてきたことが示されている」とコメントしている。