共存共栄の日本に…
共存共栄─。日本には古来、この考えがある。
江戸期に商人道を説いた石田梅岩(1685―1744)は、『実の商人は、先も立ち、我も立つこと思うなり』と説いた。〝先〟とは相手のことで、取引先や顧客との共存共栄を考え、それを実践する者こそが真の商人ということ。
石田梅岩が唱えた商人哲学は、『石門心学』といわれ、江戸期が260年余りも続き、比較的安定した世として位置付けられるのも、こうした考え方が社会に広まっていたからである。
もちろん、時代が推移する中で好不況の波は生まれる。時に、社会全体が鬱屈した状況下では、庶民たちは〝お伊勢参り〟を行い、時に無頼な振る舞いもあったようだが、社会全体ではそうした行為に対しても度量広く受け止めていた。いわゆる〝ガス抜き〟を図ったわけである。
それはともかく、長期にわたる安定には、社会の根底に共存共栄の考えがあったのではないだろうか。
6世紀(西暦500年代)半ば頃、仏教が伝来した時代、日本はそれを受けいれた。
日本には古来、一木一草に至るまで万物に魂や命があると考え、万物の共存共栄を認めるという世界観がある。
神道がそうだが、そういった世界観、人生観が基礎にあったから、仏教もすんなりと人々に浸透していったのかもしれない。
レインボールートにも人気が
そうした日本に安心や居心地の良さを感じるのか、このところインバウンド(訪日観光客)が多い。
都内の地下鉄やJR、私鉄などの公共交通機関を利用するインバウンドの姿がよく目に付く。コロナ禍が昨年夏から落ち着き、待っていましたとばかりに、インバウンド客が日本に押しかけ、今年(2024)はコロナ前の客数(約3000万人)を上回る水準になる見通し。
治安が良く、また、このところの円安が追い風になり、〝安い日本〟に魅力を感じるインバウンドが増加。航空業界やホテル・旅館などの宿泊、観光関係業界が一気に潤っている。
もっとも課題も多い。コロナ禍期間中に経営の苦境が続き、働き手が縮小していて、「思うように経営を拡大できない」との声も聞かれる。
また、インバウンドの大半が、東京、名古屋、京都、大阪と東海道沿いの大都市に偏重。これを是正すべく、北陸新幹線の福井延伸を機に、東京から長野、金沢、福井を経由して京都、大阪に向かう〝レインボールート〟にも人気が集まる。
東京から金沢、福井を経て京都、大阪に向かう経路が〝レインボー(虹)〟になるところから、旅行業関係者の間でそう呼ばれている。
ともかく、インバウンドが地方を訪れることが、地方振興の一助にはなるし、もっと地方の自然や良さをアピールする時であろう。
今や、祖谷渓谷も人気
「いや、その動きは現に出始めています。各知事さんも、連携を取って、自分たちの地域の歴史や文化などの魅力を発信しておられます」と語るのは日本旅行業協会会長を務める髙橋広行さん(JTB会長)。
例えば、徳島県と高知県の県境にある『祖谷(いや)』地方が、「今、インバウンドの方々にも人気が出始めています」と言う。
〝祖谷そば〟や〝祖谷のかずら橋〟で知られ、渓谷を下る〝大歩危(おおぼけ)観光遊覧船〟など、秘境ならではの旅が楽しめる所。東京や京都など、海外の人たちによく知られた街とは違って、「日本の原風景を見たい、知りたいという外国の方が増えています」と髙橋さん。
今や、祖谷地方に年間約3万人の外国人が訪ねているという。
東京など大都市と地方の格差が開くばかりだが、地方の歴史や自然の良さをもっと活かすという観点からも、観光政策にもさらなる工夫が必要だ。
衰退が進む日本の農業と観光を結び付けて、地方振興につなぎ、それが日本全体の再生になるようにしていきたいものだ。
安田隆夫さんの基本軸
逆境の中で成長する─。今の日本の経営者はこの命題を突き付けられている。
この命題を実践・実行しているのがPPIH(パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス)の創業会長兼最高顧問の安田隆夫さん(1949年5月生まれ)。
今年75歳の安田さんは遅咲きの経営者。1978年(昭和53年)に小売業参入。1989年(平成元年)に『ドン・キホーテ』1号店をオープン。2023年6月期決算まで、34期連続の増収営業増益を成し遂げてきた。
24年6月期決算もインバウンドブームで外国人客が押し寄せ、従来の国内顧客の層の厚さも加わって、増収増益は確実な状況。となると、35期連続の増収増益で、こんな例は他にない。
〝失われた30年〟といわれ、日本経済は1990年代初めにバブル経済が崩壊して以降の低迷期に安田さんは成長し続けた。
『ドン・キホーテ』は、若い世代を中心に「ワクワク感のある店舗構成」が評判だ。インバウンド客の中には、日本に着いて、すぐ駆け付ける人もいるほどの人気を集めている。
商品を山積みにして陳列してある中から、目当ての品を選び出すのも、同店の魅力の1つ。このワクワク感は、国を越えて幅広い世代に受け入れられている。
運と共に生きる!
多国籍の人たちを惹きつける元気・エネルギーはどこから生まれてくるのか?
安田さんは29歳の時に、ディスカウント市場に参入。東京・杉並に『泥棒市場』と名付けた店舗をオープンし、耳目を集めた。
初めから、すんなりと商売がうまくいったわけではない。いくつもの試練や試行錯誤を経て、ここまでやってきた。
資産ゼロから出発し、今では売上高2兆円を超え、コロナ禍も含めて増収増益でやってこられた背景には、『顧客最優先主義』の社是とその実行がある。
「運が良かった」とご本人は言われるが、この〝運〟は単にツイテイルという類のものではない。
試練や挫折を繰り返しながら、とにかくお客様のためになる商品を開発し、届ける─という顧客最優先主義の経営哲学と、その実践・実行があったからこそ成し遂げられていること。
運─。この〝運〟について、安田さんは「自分の力でコントロールできるものです」と語る。決して諦めず、物事を楽天的に考え、行動していくという生き方。
そして、運には〝個運〟と〝集団運〟があり、店の現場に仕事を任せることで〝集団運〟が高まり、それが延いては〝個運〟の上昇へつながるという安田さんのパブリック経営思想。
基本軸のしっかりした企業は逆境に強い。