奈良県立医科大学は7月1日、日本医療研究開発機構(AMED)が公募する2024~2026年度「橋渡し研究プログラムシーズC」に、同大にて進められているプロジェクトが研究課題名「備蓄・緊急投与が可能な人工赤血球製剤の医師主導治験」として採択され、「人工赤血球製剤」の実用化に向けて、次の臨床試験により安全性・有効性の検証を進めていくことになったと発表した。
同成果は、奈良県立医科大 血液内科学講座の松本雅則教授、同・大学 医学部化学教室の酒井宏水教授、同大附属病院 臨床研究センターの笠原正登センター長/教授らの共同研究チームによるもの。
防衛医科大学、奈良県立医科大、埼玉医科大学の3者が2022年1月に発表したのが、生成濃縮ヘモグロビン溶液をカプセル化した微粒子「人工赤血球(ヘモグロビンベシクル、Hb-V)製剤」。Hb-Vは、日本赤十字社や医療機関で発生する非使用赤血球(廃棄血)の赤血球中に含まれるヘモグロビンを再利用するためのもので、感染源を含む心配がなく、赤血球ではないため血液型が無いことからどの血液型の患者にも利用できるほか、長期間の備蓄が可能という複数の大きなメリットを有する。
さらに、現在の日本の献血-輸血システムの安全性は世界最高水準にあることが知られているが、超高齢社会となった日本では、今後、若年層の人口減による献血者数の減少で血液の不足が懸念されており、それに対して廃棄血液を再生利用できることから有効活用できるなどのメリットもある。
なおHb-Vの利用が想定される、輸血が困難(不可能)な危機的出血状況としては、以下の3点がある。
- 離島やへき地における医療、夜間救急、産科危機的出血:輸血用血液の確保が困難な場合に備蓄できること
- プレホスピタル:救急救命士が直ちに投与できれば救命率が向上する可能性がある
- 今後発生が予想されている南海トラフや首都直下型の大型地震などの大規模自然災害、テロ・有事:血液の大量需要にも対応可能
Hb-Vは、上述した出血性ショック蘇生や、制御不能出血に対する投与による救命などの輸血の代替えとしての利用のみならず、虚血性疾患、腫瘍酸素化、臓器灌流液、レーザー治療の標的、一酸化炭素治療薬、解毒薬としても有効であることがわかってきているという。
臨床試験として、2021年に輸血代替えとして、健常男性を対象とした初めてヒトに対して使用する「第1相臨床試験」が実施された。100mLまでの投与が行われ、重篤な有害事象を認めた例はなかったという。その後、女性を被験者に加えて次相を実施するため、追加で必要となるGLP(厚生労働省の省令の形で施行された実施基準)非臨床毒性試験も完了済みだとする。
そして今回、AMEDが公募する2024~2026年度「橋渡し研究プログラムシーズC」に、奈良県立医科大で進められているプロジェクト(研究課題名「備蓄・緊急投与が可能な人工赤血球製剤の医師主導治験」)が採択された。奈良県立医科大附属病院にて、治験薬のGMP(治験薬製造において遵守すべき基準)製造を実施すると共に、想定する臨床用量800mLに向けて、100~400mLまでの投与量および投与速度の増大に対する忍容性と、薬物動態を評価することを主たる目的とした医師主導Phase1b試験が実施される計画だという。
そして、Hb-V400mLの認容性が確認された場合にはPhase2に進み、有効性と安全性が確認される予定。へき地・離島における消化器系の出血による貧血患者の対応のほか、プレホスピタルの危機的出血を想定し、ドクターカー・ドクターヘリに搭載することなど、Hb-Vの威力が発揮される場面を想定した試験プロトコルが提案されているとした。
Hb-Vは、日本で開発されたまったく新しい医薬品候補物質である。献血者の善意に基づく献血血液から生じた廃棄血を、血液型や感染源がなく、長期間備蓄できる製剤に再生でき、特許技術を基盤とした新しい産業創出が期待される。現在、外為法により血液製剤の輸出は出来ないものの、将来的に献血-輸血システムが充実していない諸国への技術導入による貢献も期待できるという。
またHb-Vは、移植用臓器の保存液としての利用や、酸化体(メト体)によるシアン化物中毒の解毒剤としての利用なども予定されるほか、獣医領域における輸血代替としても期待されている。輸血代替の利用に限定して従来考えられていた市場性およびアンメットニーズは、他のさまざまな医療用途を含めると非常に大きいことが想定される。人工赤血球製剤の実用化は、医療システム全体に大きな変革をもたらし、国民の健康福祉の増進に寄与することと考えられるとしている。