SMBC日興証券・吉岡秀二の「資産管理」戦略「銀・証の連携で顧客の資産を増やす」

「お客様に安心してお取引いただける会社、社会からの一定の評価が得られる会社に」─SMBC日興証券社長の吉岡氏はこう話す。2022年に起きた「相場操縦問題」を受けて、この2年間は内部管理体制の整備に取り組んできた。その作業をようやく終え、24年4月に吉岡氏が社長に就任。この状況下でも法人部門は好調だったが、課題は個人部門。ここでは他社に先行する資産管理サービスを拡充し、巻き返しを図る考えだ。

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体制整備を終え ようやく「攻め」へ

「今回の件で、全てを棚卸しする必要がある。お客様にご迷惑をおかけしたので、安心してお取引していただくことは大前提」─こう話すのはSMBC日興証券社長の吉岡秀二氏。

 2024年4月、同社は社長交代を行い、社長には吉岡氏、前社長の近藤雄一郎氏は特別顧問に就いた。この人事の背景にあるのが、22年に起きた「相場操縦問題」である。

 上場企業などがまとまった保有株を売却する際に利用する「ブロックオファー」をSMBC日興証券が引き受けた際に、その銘柄に自己勘定で買付を入れていた行為が「違法な安定操作取引」(金融商品取引法159条3項)違反とされた。

 この問題では法人としてのSMBC日興証券が金融庁から業務改善命令を受け、起訴された他、担当した幹部らが逮捕・起訴された。同社は管理体制の不備があったとして、前社長の近藤氏は体制が整うまで続投するとしていた。

 その意味で、今回の吉岡氏の社長就任は、近藤氏による体制整備、枠組みの構築が終わったことを意味している。「枠組みが機能しているか、真因が解消されているかは今後、仕事をしながら検証していく」と吉岡氏。

 そうして再発防止に取り組みながら、自律的に組織が動いていくようにするには、こうした事態を引き起こさないような企業文化が定着するかが重要。

「定着のためには『ロールモデル』のような人材が増えることが必要。そのためにはロールモデルが生まれてくるような評価や登用が重要になる。そして何よりも社長の私がロールモデルにならないといけない」

 現場の声を吸い上げて、吉岡氏自身が企業文化定着のための取り組みを継続することで「文化として根付いたと言える日が来るのではないか。そうなればお客様にいつでも安心してお取引いただける会社、社会からの一定の評価が得られる会社、社員とそのご家族が働いてよかったと思える会社になる」(吉岡氏)。

 相場操縦問題の発生時、吉岡氏は持ち株会社である三井住友フィナンシャルグループでグローバルバンキング、法人部門の副責任役員として会社の〝外〟に身を置いていた。「私も含め世間の皆様からも、どういう事態になっているのかがわかりにくかったと思う」と振り返る。

 吉岡氏は事案を受けてSMBC日興に戻り、近藤氏とともに再生に向けた取り組みを進めてきた。「1つひとつ情報を積み上げながら取り組んできたが、それが業務改善計画につながっている」(吉岡氏)

 この間、事案に関係のなかった多くの社員が厳しい立場に置かれながら、それぞれの顧客に向き合ってきた。「社員には感謝以外の言葉はない。そして、こうした事態があったにもかかわらずお客様に戻ってきていただいた。こうした思いに応えていく」

「ポートフォリオ管理」をさらに進化させて

 折しも、日経平均株価は1989年のバブルの高値、3万8915円を超え、政府による「資産所得倍増プラン」の中で「新NISA(少額投資非課税制度)」が始まるなど、かつてないほど投資への関心が高まっている。こうした波を証券会社としてどう捉えていこうとしているのか。

「お客様の資産を中長期的に最大化させるための取り組みが必要」と吉岡氏。

 1つは、特にSMBC日興証券は対面でのコンサルティングに重きを置いてきたが、その中でいかに資産全体のポートフォリオ管理を高度化するかに取り組んできた。

 17年に他社に先駆けて、米資産運用会社・ブラックロックが提供するポートフォリオ分析システム「Aladdin Wealth」を活用した「Nikko PRM(ポートフォリオリスクマネジメント)」を導入し、顧客の資産管理を強化してきた。

 従来は金融資産3億円以上の顧客に提供していたものを、21 年4月以降は預かり資産1000万円以上の顧客を対象に、簡易版のサービスを提供するなど、提供対象を広げていた。

 これを24年6月から機能をバージョンアップした「Nikko PRM Prime」の提供を開始。SMBC日興の担当者がついている顧客であれば、追加の費用負担なしで利用できるようになり、対象は2万口座から63万口座に拡大した。

 全社を挙げて、この「ポートフォリオコンサルティング」に取り組むべく、営業員・管理職2500名超に対して、「Nikko PRM Prime」を活用するための対面研修も実施している。

 さらに、25年中を目処に、顧客の資産運用をサポートする、新たなスマホアプリの導入も予定している。これまでも株取引アプリなどのデジタルサービスを提供しているが、今回の新アプリは営業担当者のコンサルティングと連動するようなサービス、アプリを目指している。

 デジタルとリアルの「ハイブリッド」で顧客へのサービスを拡充していく。「これらのツールをベースにお客様との対話を進め、資産全体と向き合えるようになる」(吉岡氏)

 吉岡氏が長年、証券業界に身を置いて痛感しているのは「マーケットは100%は読めない」ということ。例えば、1年前に今の為替の状況を読めていた人がいたかというといない。

 それだけに投資をする上で重要なのは「投資時期、アセットの分散に尽きる」と吉岡氏。個人顧客に提供するサービス、ツールは、顧客がそうした投資を行える環境をつくることを意識したものになっている。

 2年前から、営業担当者の目標設定も切り替えた。収益を重視していたものから、顧客へのコンサルティングに重きを置く評価にシフトしている。

銀行・証券の連携をいかに深めていくか

 三井住友FG内で、三井住友銀行との連携強化もさらに求められる。銀行の顧客の中にも、実は証券ビジネスへのニーズがある顧客はいる。こうした層に前述のサービスをどう広げていくかが課題。

 21年4月から、銀行内にSMBC日興からの出向者で構成する「証券営業部」を設置している。部内の個人営業担当は当初10名からスタートし、足元で88名まで増加。銀行の顧客に対して、資産運用サービスを提供している。銀行の担当者と連携している他、証券営業部に所属する出向者が、直接担当しているケースもある。

「我々は証券の機能を、組織の境界を超えて展開していくことが大事。銀・証連携を進めていく上で、我々が進めている資産管理型営業は、銀行の営業ともシナジーがあると思う」

 情報管理の徹底を大前提としながら、銀・証の連携をさらに深めていく考え。

 足元では「資産管理型営業」への転換で「産みの苦しみ」を味わっている段階。SMBC日興の24年3月期の業績は純損益で162億円の黒字(前の期は398億円の赤字)に転換。2期ぶりの黒字となった。

 部門別の営業損益を見ると、グローバル・インベストメント・バンキング部門が217億円、グローバル・マーケッツ部門が529億円と拡大しているのに対し、個人向け営業を担う営業部門は4億円だった。ビジネスモデル転換の途上であることが影響した形。

「資産管理型営業への移行にエネルギーを割いている結果、フロービジネスの収益は他社に比べて伸びていない。今は踏ん張りどころ。不退転の決意で進める」と吉岡氏。

 前述の人事評価の変更とともに、23年には賞与の算定方式も変更。それ以前の収益連動から、中長期的な取り組みをより評価する方式に変えた。

「会社の戦略と一致する形にした。そしてビジネスモデル上の効果だけでなく、この方式は社員が株を持っている形に近い。会社全体の『自分事化』につながると思う。大きな変化が起きている今だからこそ、地に足を着けた対応が大事になる」

 一方で、前述の通り、法人向け業務は好調。営業利益の拡大の他、24年1―3月のリーグテーブル(ロンドン証券取引所調べ)でもM&A(企業の合併・買収)や債券引き受け、IPO(新規株式公開)で日本の証券会社の中で上位に食い込んでいる。

「09年から三井住友FG傘下になって、ある意味でゼロから法人向け業務をつくってきたが、案件の経験値が積み重なってきている。銀・証の連携も、どうすればお互いに高度な連携になるかを積み重ねており、成果につながっている」

 銀行との連携は海外でも進む。三井住友FGは21年に米独立系証券会社のジェフリーズ・ファイナンシャル・グループと提携、23年には株式を追加取得し、戦略的提携を拡大している。

「海外はリテールとともに、我々の成長ドライバーの1つ。銀・証のシナジーもある。海外にネットワークを張り巡らし、経験値のあるジェフリーズさんとの提携では、様々な会話が進んでいる」

 23年度の1年間で、ジェフリーズとの連携によってグループベースで95件の案件が成約している。日本企業に対しても国際間のM&Aや、グローバルなIPO関連で実績が積み上がっている。「これは大きな強みになる。もっと連携を強めていく」と手応えを感じているようだ。

米シティとの合弁で世界のスピードを体感

 旧日興證券時代から、米シティグループとの提携による旧日興コーディアル証券など、様々な変遷を経てきたSMBC日興だが今後、どのような姿を目指していくのか。

 三井住友FGは、2030年のビジョンとして「最高の信頼を通じて、お客さま・社会とともに発展するグローバルソリューションプロバイダー」を掲げているが、「証券として、いかにビジョンを体現できるか。そして三井住友FGはすでに大きなバランスシートを持っているが、そこに証券として、どれだけ事業としてのレバレッジをかけられるかが我々の役割」。

 そして、証券業界においては個人営業、特に富裕層向けのウェルスマネジメント分野、グローバル・マーケッツなど海外も含めた法人営業の分野で「確固たる地位を築く」ことを目指すというのが吉岡氏の考え。

 吉岡氏は1964年8月富山県生まれ。88年慶應義塾大学理工学部卒業後、日興證券(現SMBC日興証券)入社。

 大学は理工学部で燃焼工学を専攻。周囲は重工メーカーなどでロケット関連に進む人も多かったが「日本経済全体に貢献する仕事がしたい」として資本市場に貢献する証券業界を意識するようになり、リクルーターとの対話の中で縁を感じた日興證券に入社したという経緯。

 これまでに忘れられない経験として、記者会見の際にも米シティグループとの日興ソロモン・スミス・バーニー証券の立ち上げを挙げていた吉岡氏。どういう思いがあったのか。

 当時、留学から戻った吉岡氏は、直後に設立準備室に配属された。だが、準備室がやらなければならない仕事を目の当たりにした時、吉岡氏の頭に浮かんだのは「ミッションインポッシブル」という言葉だった。

 そもそも、この提携が制度上成り立つのか、資産査定や人の手当をどうするかなど、解決すべき課題が山積していたから。

 吉岡氏は、この仕事に3年携わり、何とか立ち上げに漕ぎ着けた。この時の経験を「世界の投資銀行の仕組みや考え方、意思決定のあり方、スピード感やロジックを学んだ。特に印象に残ったのは、論理的でないものはイエスにはならないこと。逆に言えば、政治的に難しいことでも、論理的に正しければイエスという答えが返ってきた」と振り返る。

 不祥事案を経て、今ようやく再生のスタートラインに立ったSMBC日興。生え抜きや銀行からの出向者、転職組も含めて多様な人材がいる中で、彼らのベクトルをいかに同じ方向に持っていくかが問われる。