〈認証不正問題〉法令を〝独自解釈〟したトヨタが直面する「現場力の劣化」と「経営の責任」

「自動車メーカーとして絶対にやってはいけないこと」─。トヨタ自動車会長の豊田章男氏はこう述べる。自動車の大量生産のために必要な「型式指定」を巡って同社を含め、計5社で不正が発覚。日本の高い品質が根本から揺らぎかねないこの事案が発生した背景には何が挙げられるのか。また、トヨタ自身の課題とは何か。一時63兆円になった時価総額も足元では50兆円を割ったトヨタ。現場と経営のマネジメントがより一層求められることになる。

トヨタなどが認証試験で不正 問われる現場力とガバナンス

メーカー側の〝独自解釈〟

 自動車・二輪メーカー5社による量産に必要な認証「型式指定」の不正申請に絡み、国土交通省は立ち入り検査を実施。現行生産車の出荷停止はトヨタ自動車、マツダ、ヤマハ発動機の3社で6車種に上っている。

「認証にかかわるプロセスを整理したところ、リードタイムには約1年かかる。しかも全体像を把握している人は1人もいない。どの会社も同じだと思う。非常に曖昧で属人的な技能に頼っているケースが多い」─。認証不正を起こしたトヨタ会長の豊田氏は認証制度に対する見解をこう述べる。

 今回の認証不正には2つの側面が背景にある。1つはトヨタのガバナンスの問題、そしてもう1つが認証制度の在り方の問題だ。自動車業界に詳しいアナリストは次のように指摘する。

「安全ブレーキや運転の補助機能、更には電動化などクルマの機能が増え続けている。それに伴って検査項目も増加。しかし、競争上の観点から新型車を投入するスパンは長くはならない。その分、現場に余裕がなくなりつつあったのではないか」

 トヨタの場合、後面衝突試験で法規と異なる重量の台車を使用していた。法規では台車の重さは1100キロで20キロの誤差の範囲は認められているが、トヨタでは北米で求められている1800キロの台車を使用していた。現場が基準の値より厳しい試験を行うことで認証はクリアできると捉えていたわけだ。

 ガバナンスに詳しい専門家は「現場が〝独自解釈〟したという点で現場力の劣化と言わざるを得ない」と指摘。その上で「今回の不正は内部通報ではなく、国交省からの点検要請を受けて判明している。現場のモラルの問題が大きい。加えて、多くの業務量で逼迫している現場の状況を把握しきれていなかった経営マネジメントの責任は重いと言わざるを得ない」。

 今回の認証不正の中で共通しているのが認証制度をメーカー側が〝独自解釈〟したこと。先のトヨタの事例に加えて、マツダでは衝突試験における試験車両の不正加工が発覚したが、前面衝突時の乗員保護に対する認証試験でエアバッグを車載センサーの衝突検知による自然起爆ではなく、外部装置を用いて時間指定で起爆させた。

 フルモデルチェンジの際に行った試験で十分な安全が確認できており、商品改良モデルはフレームが同じでセンサーの受ける衝撃力も変わらないため、「設計基準値での時間指定起爆の方が良いと、担当者が独自解釈した」(取締役専務執行役員の小島岳二氏)と説明する。

 実はトヨタもマツダも電動化では〝全方位戦略〟を掲げている。ガソリン車はもちろん、ハイブリッド車、電気自動車、燃料電池車も展開するという方針。トヨタに至っては、それをグローバルで展開する戦略だ。年間1000万台規模のクルマを生産することが現場負担の増幅につながった可能性もある。

 豊田氏もクルマの開発において「短い納期で何度もやり直しをする。最後の方で(現場に)大きな負担をかけてしまったのではないか」と振り返る。その意味では「経営と現場の距離が遠くなっているのではないか。もう一度再点検する必要がある」と先の専門家は指摘する。

安全・環境基準は世界基準

 そしてもう1つ、認証不正の背景に上がるのが認証制度の在り方の問題だ。型式指定制度は1951年に成立した道路運送車両法に基づいており、メーカーが国に提出する認証に必要なデータは検査条件などが細かく定められている。ただ、試験の多くはメーカーが自ら実施するため、「メーカーの性善説に基づく制度」(関係者)と言える。

 しかし、企業の性善説に基づく構造は2016年の三菱自動車による燃費データ改竄やスズキの不正な手法による燃費測定問題が発生したときには「襟を正す機会はあったはずだ」(別の関係者)。また、トヨタのように厳しい基準で検査をしても問題がないように「あらかじめ国と制度の在り方について対話することもできたはずだ」(部品メーカー関係者)といった声もある。

 型式指定制度の保安基準(安全・環境基準)はタイヤやシートベルトなど47項目あり、現在の内容は国連の自動車基準調和世界フォーラム(WP29)で定めたもの。海外で規定のない日本独自の項目はワイパーなどの4つだけだが、事実上、国際基準になっていると言える。

 その意味では、トヨタのように「より厳しい基準で検査をしたからといって日本だけが異なる条件で試験を行っているということになれば、国際的な信用を失うことにもつながりかねない」(前出の専門家)。

 ダイハツ工業や日野自動車などのグループ会社で不正が起こった際、豊田氏は「グループの責任者」として再発防止に臨む決意を表明していた。しかし、今回の不正はトヨタ本体で起きた。今後に向けて豊田氏は「それぞれの認証項目において各工程がなすべき作業を標準化する、また保証すべき品質基準などを整理した段階。これが進めば異常管理ができる」と話す。

 しかし競争は激化する。足元の自動車市場では中国メーカーが日系メーカーの牙城であるアジアに続々と進出。トヨタは不正3車種の生産休止を7月末まで継続し、新車の発売も延期を余儀なくされた。クルマの知能化で複雑性はさらに増す。

 その中でトヨタの得意とする「現場」「現物」「現実」の「三現主義」を劣化した現場で再度復活させるためにも、経営と現場の〝密接な連携〟がこれまで以上に求められる。