産業技術総合研究所(産総研)は6月26日、放射光X線から作り出された「虹色X線」(波長分散集束X線)を用いて、X線散乱とX線吸収スペクトルを同時かつ高速に計測する技術を開発し、ナノ材料の機能を左右するナノスケール構造(粒子のサイズと形状)、および原子スケール構造(原子間距離、配位数、化学状態)の情報を同時に得ることに成功したと発表した。
同成果は、産総研 物質計測標準研究部門 ナノ材料構造分析研究グループの白澤徹郎上級主任研究員、東京学芸大学 教育学部のVoegeli Wolfgang 准教授、同・荒川悦雄教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英国王立化学会が刊行する物理化学・化学物理学・生物物理化学を扱う学術誌「Physical Chemistry Chemical Physics」に掲載された。
ナノ材料において機能の鍵を握るのは、ナノスケールのサイズや形状、さらにミクロな世界の原子スケールの構造。たとえば燃料電池では、電極触媒に白金などのナノ粒子が用いられているが、その反応効率が発電効率を左右する。触媒反応はナノ粒子の表面で起こるため、一般に、粒子を小さくすることで体積に対する表面積の割合が大きくなり、反応効率が上がる。さらに、反応効率は触媒原子の原子スケールの構造(原子間距離や配位数)によっても変わる。そのため、反応効率の高いナノ粒子を開発するには、ナノスケール構造(粒子サイズや形状)と原子スケール構造を計測した上で、構造と反応効率との因果関係を明らかにし、最適な構造を予測することが重要となるという。
また、反応中に反応効率と構造が変化する場合には、時間的な相関を知ることがそのメカニズムの解明、ひいては耐久性の高いナノ粒子の開発に必須となる。そのため、このようなナノスケール構造と原子スケール構造、およびそれらの時間的変化を計測できる、マルチモーダル計測法が求められていたとする。そこで研究チームは今回、ナノ材料のナノスケール構造と原子スケール構造の同時かつ高速な観察技術の開発を試みることにしたという。
X線吸収スペクトルの計測から原子間距離や配位数や化学状態、X線散乱の計測からナノ材料のサイズや形状を知ることが可能だ。従来の研究では、それらの計測は個別に行われていたが、今回は、これまでに開発済みのX線分光素子技術に加え、新たに開発された二次元検出器を用いた一括測定法と、波長分散集束X線による複雑なX線散乱分布を解析する技術により、X線吸収スペクトルとX線散乱の同時かつ高速な計測が初めて実現された。
今回の技術による同時計測を実証するため、燃料電池のパラジウムを白金で被覆したナノ粒子触媒の分析が行われた。今回の計測法では、X線エネルギーのスキャンを省略できるため、高速な計測(ここでは0.1秒)が可能だ。またX線散乱分布について、新規開発の解析技術を用いて回帰分析が行われ、ナノ粒子のサイズとその分布、および白金被覆層の厚みが抽出された。このようにして、0.1秒の測定時間で、X線吸収スペクトルとX線散乱分布、つまり原子スケールとナノスケールの情報を同時に取得できることが示されたのである。
今回の計測法を、ナノ材料の動作条件下におけるオペランド観察に用いることで、ナノ材料の機能と構造の因果関係を詳しく知ることが可能になるという。従来の複数の計測法を用いる方法では、それぞれの計測において動作条件や試料状態の正確な再現が難しい場合、個別に得られた情報間、およびそれらと材料機能との因果関係を正確に捉えることが困難だったとする。
それに対し、今回の計測法であれば、同一の計測条件下で、原子スケールとナノスケールの構造が相互に関係しながら変化していく様子を詳細に知ることが可能とした。さらに、この観察結果を別途モニターした反応効率などの機能指数の変化と突き合わせることで、ナノ材料の構造がどのように材料機能と関係しているのかを、推測を挟まずに直接的に知ることができるという。このような知見は、ナノ材料の機能を最大化させる構造の予測につながり、革新的なナノ材料の開発に貢献することが期待できるとした。
また今回の計測法は、化学反応や材料劣化など、構造と機能が時間と共に変化していく場合に特に有効だという。今回の計測法を燃料電池や触媒などの動作中におけるナノ粒子の観察に利用し、反応効率や劣化耐性の高いナノ粒子の開発に貢献できるとした。また、今回の計測で得られる構造データを統合的に分析し、最適な構造や新機能を予測するマルチモーダル分析法の構築に取り組み、ナノ材料の設計手法として提供し、革新的な材料の開発に貢献するとしている。