関西大学(関大)、福井大学、名城大学、アークエッジ・スペースは、共同研究グループが開発する1Uサイズ(10cm×10cm×10cm)の超小型人工衛星「DENDEN-01」が完成し、6月4日に宇宙航空研究開発機構(JAXA) 筑波宇宙センターへの引き渡しが完了したことを発表した。
キューブサットの高性能化を目指した共同開発が2022年に始動
昨今、地球観測や通信などさまざまな分野で注目が集まる人工衛星において、特に100kg未満のものは“超小型衛星”と呼ばれ、その中でも1辺が10cmの立方体を基本構造として規格化されたキューブサット(CubeSat)は、容易に入手可能なキット化されたコンポーネントの普及により開発が迅速に進められる点や、コスト効率が高い点などを背景に、その打ち上げ数が年々増加している。また従来は教育や技術実証を目的とした開発がほとんどだったのに対し、近年では民間による開発も活発に行われ、リモートセンシングや衛星通信などの宇宙ビジネスにおける重要な役割を果たすようになっている。
このように用途の幅広さや利便性から広く普及しつつあるキューブサットだが、さらなる技術的進化の要求も集まっており、特に商業利用の拡大に伴って、ミッションの複雑化や要求性能の向上が不可欠となる一方で、同時にキューブサット自体の高機能化および信頼性向上も求められている。
そのため衛星に搭載される各機器に対しては、高品質かつ安定した電力の供給技術が必要とされるが、キューブサットは電力や質量、サイズなどの制限がある上、熱容量も小さいため、宇宙空間特有の急激な温度変化の影響を受けやすい。実際に地球周回軌道で運用されているキューブサットの電源温度を解析したところ、比較的低温で推移し、-15℃に到達するケースも見られたとのこと。こうした低温環境では電源性能が急激に低下するため、衛星におけるさまざまなミッションの制限や衛星自体の運用に重大なリスクが生じるとする。
こうした課題に対して、関大と名城大は2020年からキューブサット搭載電源の温度管理手法を共同で検討。その中で固-固相転移型潜熱蓄熱材(SSPCM)の活用可能性を検討してきたという。このSSPCMは、熱エネルギーを蓄えるために化学変化を利用する固形の蓄熱材で、温度が変化すると、物質がある結晶構造の固体から別の結晶構造の固体へと相変化する性質をもつことから、液漏れや気化の危険性を排除できるとのことだ。
そしてこの成果を実際のキューブサットで実証することを目指し、福井大やアークエッジ・スペースを加えた共同研究グループが始動。今後の超小型衛星の進化を支える革新的な電力供給・エネルギー技術を実現すべく「DENDEN-01プロジェクト」を推進し、2022年度より衛星開発を行ってきたとする。
DENDEN-01では8つの軌道上試験に挑戦
同プロジェクトにより生まれたDENDEN-01は、打ち上げ時の大きさが100mm×100mm×113.5mmで、軌道上における太陽電池パドル展開時のサイズは309mm×204.5mm×113.5mm(1.32kg)となる。同衛星では、先述したSSPCMを活用した電源温度安定化デバイスの軌道上実証をはじめとする複数のエネルギー技術実証、および高品質で安定した電力を活かした高負荷ミッションに挑戦するとしている。
DENDEN-01による軌道上試験内容
- SSPCMを活用した電源温度安定化デバイスの軌道上実証
- 超小型衛星に適した民生リチウムイオン電池の採用と軌道上特性評価
- 高精度電力状態推定方針および推定則の実証/電力状態推定値を基準としたシステムシミュレータを用いた運用計画系の実証
- キューブサットに最適化した宇宙用IMM3J太陽電池ガラスアレイシートの動作検証
- 宇宙用ペロブスカイト太陽電池
- 超小型S帯通信機の実証および送受信
- 920MHz特定省電力送受信機を利用したよるストア・アンド・フォワード(S&F)通信技術の実証
- 超小型ハイパースペクトルカメラによる撮影およびオンボードでのデータ解析処理
同衛星の主ミッションである電源温度安定化デバイスには、関大と新日本電工が共同開発した二酸化バナジウム(VO2)系SSPCMを採用。一般的な潜熱蓄熱材が、液相(高温相)と固相(低温相)間の相変化に伴う潜熱によって温度を保つのに対し、VO2系SSPCMでは固相間の相変化に伴って発生する潜熱を利用することが可能。これを電源ケースとして活用することで、従来方式では液漏れや揮発を防ぐために必要だった専用容器の削減により質量や体積を小さく抑えるとともに、電源の温度変化を緩和し安定した電源性能を実現することが期待されるとした。また研究チームは加えて、搭載電源状態を適切に推定・管理しながら、安全かつ効率的に運用を遂行するための実験運用計画を自律的に立案する仕組みを構築し、その効果についても実証を行うとする。
なお、DENDEN-01の外装には、キューブサットに最適化された宇宙用IMM3MJ太陽電池ガラスアレイシート(シャープエネルギーソリューション製)を設置。JAXAの小型月着陸実証機「SLIM」と同型の太陽電池セルが使用されている。加えて衛星上面には、リコーが開発したペロブスカイト太陽電池モジュールをベースとして、宇宙の極限環境でも動作するよう新規に開発されたペロブスカイト太陽電池モジュールが搭載され、その軌道上動作試験は関大・リコー・JAXAの共同研究として実施されるという。
また通信についても、2派の冗長システムを構築し、状況に応じて安定した通信の実現を目指すとのこと。安定した電力供給を背景として、1Uサイズのキューブサットでは比較的難易度の高いS帯通信を試みるとする。その通信相手となる地上局としては、アークエッジ・スペースの所有する静岡県牧之原の3.9mパラボラアンテナ、および埼玉県鳩山町(東京電機大学)の3mアンテナを用いた運用を行うとしている。
さらに920MHz帯小型省無線通信によるバックアップ通信の機能検証や、地上に設置した省電力無線通信機を用いたセンサデータの衛星経由による取得実験(S&F通信技術)の検証を、アークエッジ・スペースや関西大学、名城大学、福井大学により実施。さらに高負荷ミッションとして、福井大が開発した超小型ハイパースぺクトルカメラを搭載し、撮影およびオンボードでのデータ解析処理に挑戦するとした。
学習用超小型衛星「EDIT」を活用した衛星が実際に宇宙へ
共同研究グループによると、DENDEN-01は、福井大 産学官連携本部の青柳賢英 特命准教授とセーレンが共同開発した学習用超小型衛星「EDIT(Educational satellite for Idea and Technology)」をベースに開発されたとのこと。EDITは、新たに人工衛星開発・事業に参入する大学や企業に対し、より実践的な開発技術を習得させるために開発された“宇宙で動作する人工衛星教材”で、これに先述したさまざまな機能追加を行うことで、フライトモデル(FM)へとアップデートしたという。
またDENDEN-01の組み立てや試験は、福井大・福井県・ふくい宇宙産業創出研究会などが推進するEDITを活用した宇宙教育プログラム「人工衛星設計基礎論 2022」にて実施されたといい、関大や福井県内の企業らが参加して人工衛星の基礎や試験について学ぶとともに、実機を活用した数々の試験などの教育プログラムを通じ、人工衛星プロジェクトを進めるための知識や技術、経験を身に着けたとしている。
研究グループはEDITを活用したことについて、衛星開発期間緒短縮と教材としての機能強化との両面で効果があり、実践的教育を発展させたキューブサットプラットフォームの開発に成功したとする。そしてEDITの受講者が同教材を導入すれば、そのまま人工衛星プロジェクトを開始できることから、更なる宇宙産業への参入増加が期待されるとした。
今秋の打ち上げに向けJAXAへの引き渡しが完了
共同研究グループは、今後の宇宙利用を活性化させていくうえで、ミッション成功率の向上・システムの実施可能なミッションの最大化・コストの低減が必須事項となるとする。そのためDENDEN-01では、大規模コンステレーションなど一度に多数の衛星運用を実施することを見据え、安全性を保ちつつ全体システムの効率化を実施可能とする自律的な運用計画の立案システムに関わる実験を行うという。
衛星の安全性を保つためには、従来よりも高精度な状態推定則を機上で実現することが求められ、この推定則については、温度安定化装置と組み合わせることで誤差をより低減できると見込んでいるとのこと。また効率的な運用計画の立案は、高精度な電源状態推定モデルを搭載したシステムシミュレータに対して、数理計画法を用いて実現し、その結果を反映した運用の実施を試みるとした。
なおDENDEN-01は、6月4日にJAXAへの引き渡しを完了。今後はJAXAにて輸送準備を整えたのち、今秋に国際宇宙ステーション(ISS)に向けて打ち上げられ、その後は高度380km~420km程度(放出時のISS高度による)の円軌道に投入される予定だ。
注目が集まる超小型衛星の性能は、利用可能な電力に大きく依存している。エネルギー技術は人工衛星の核心部といえ、その信頼性向上や小型化・軽量化は、今後の宇宙産業を担うキューブサットや信頼性を左右する重要な要素となりうる。今後製造される超小型衛星のミッションは多様化・高度化が進み、電力性能への要求がこれまで以上に高まることが予想される中、共同研究グループは、今回の衛星プロジェクトで得られる成果が高機能な超小型衛星の開発を加速し、日本宇宙産業のさらなる発展に寄与することが期待されるとしている。