前嶋和弘・上智大学教授「日本には米国を国際社会につなぎ止める役割が期待される。世界秩序構築をリードする覚悟で」

分断分裂、国力低下のアメリカにどう対応するか─。かつての大国も、中国やインドの台頭で経済的に萎み、移民の流入もあって白人層を中心に現状への不満を持つ。そこに歪んだ形で「夢」を与えたのが、米前大統領・ドナルド・トランプ氏だというのが上智大学・前嶋氏の分析。この20年のアメリカの弱体化が、今の分断と拮抗を生んだ形。その根深い背景を探る。

トランプ氏登場以前から「米国第一主義」はあった

 ─ 前回、米国大統領選で、共和党の候補であるドナルド・トランプ氏が当選した時に起きることを予測してもらいました。大きな視点で見ると、トランプ氏が当選してもしなくても、「アメリカファースト」的傾向は続くと見ていますか。

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 前嶋 残念ながら、もう少し続くと思います。2024年の選挙でトランプ氏が負けたら、28年の選挙にもう1回出てくる可能性がありますし、もしトランプ氏がいなくなったとしても、「アメリカファースト」のトレンドは続くと見ています。

 実は、トランプ氏登場以前から、このトレンドはありました。例えば、09年にバラク・オバマ氏が大統領に就任した後、すぐに出てきた保守的な大衆運動「ティーパーティ運動」です。

 この「ティーパーティ運動」は減税運動だと思われることもあるのですが、「アメリカファースト」や人種差別的な側面を持ったものでした。この運動がトランプ氏の応援団のコアであり、トランプ運動へと変わっていったのです。トランプ氏登場の8年ほど前のことです。

 ─ 運動としては根深いものがあったということですね。

 前嶋 そうです。共和党としては、民主党に勝つためには仕方がないということで、入れてはいけない人達を引き込んでしまったわけです。この運動は草の根運動ではなく、エリートを中心とする保守派団体「フリーダムワークス」の人達が運動の仕方を教えるなどしていました。「人工芝運動」などと揶揄される所以です。

 ただ、この運動が大きくなり「パンドラの箱」が開いた形になっています。例えば16年に一部の共和党系シンクタンクの人達が「ネバー・トランパー」、つまりトランプ氏には絶対反対、トランプ政権には参加しないというオンライン署名を行いました。その中には米国・戦略国際問題研究所(CSIS)上級副所長(アジア・日本部担当)を務めたマイケル・グリーン氏の名前もありました。

 その人達は、この8年間で多くがアメリカでの仕事を失いました。そして今は各シンクタンクがトランプ応援団となっています。彼らはトランプ氏以上にトランプ氏が考えそうな、アメリカファーストの保護主義、化石燃料への回帰などを唱えており、その政策と共にトランプ政権に入ってくる可能性が高い。

 ─ トランプ政権が誕生した時には、気候変動対策は大きく変わりそうですね。

 前嶋 ええ。例えば保守系シンクタンクのヘリテージ財団は「プロジェクト2025」という政権移行事業を行っていますが、その中で電気自動車(EV)への移行は中国を利するだけで、アメリカが比較優位を持つ化石燃料で頑張るべきだという提言をしており、その通り動こうとしています。

 実際、トランプ氏は就任後に2つのことをやると言っています。1つは気候変動対策ではなく化石燃料を「掘って掘って掘りまくる」ということ、もう1つは「ボーダーコントロール」、つまり米国とメキシコの国境をコントロールすることです。

 これは物理的に壁をつくるのではなく、国際法上問題はありますが、米国の3軍の長である大統領の権限で軍を送り、難民を蹴散らすということです。

非合法移民問題に見る米国の「余裕のなさ」

 ─ トランプ氏ならばやりかねないと思われるのが怖いところです。

 前嶋 そうですね。昔はメキシコから、アメリカで稼ごうと多くの人達が入ってきていましたが、今はホンジュラスなどから3カ月ほどかけて、命からがら来ています。彼らに銃を向けるというのは大いに問題があると思います。

 私は不法移民という言い方はしたくないんです。難民は不法ではありませんから。ただ、米国では駆け込み状態になっていて、昨年12月は1カ月で30万人の人達が難民申請をしています。共和党は企業には優しいのですが難民には厳しく、テキサス州、アリゾナ州、フロリダ州などは、自分のところに待機させたくないので、バスや飛行機で民主党支持者が多い地域に送りつけています。

 アメリカでは、彼ら非合法移民がいないとサービス業が成り立たないという現実があります。例えば、カリフォルニア州のサービス業従事者の10%以上を非合法移民が占めています。

 非合法移民の人達も、しっかり税金を払っています。カリフォルニアでは自動車免許も取得できますし、学校にも行けます。彼らはせっかく逃げてきたわけですから、犯罪率が低いんです。

 ─ トランプ氏が言っていることと逆ですね。

 前嶋 そうです。にもかかわらず、1件でも犯罪が起きたら、そのことを大きく言う。実は犯罪率は、アメリカ生まれの人達よりも圧倒的に低いんです。

 もう少し言うと、民主党支持層が多い地域、都市部では非合法移民が入ってきても追い出しません。これを「サンクチュアリシティ」(聖域都市)と呼んでいます。そこに入れば、とりあえず生きていけますし、そこで産業が生まれたりもします。彼らはいずれ国籍を取得し、アメリカ人になる。

 ただ、1日にすると1000人、5000人を送り込まれると、それらの都市はパンクしてしまって、ホテルに泊まることも難しくなります。簡易テントなどでは人道上の問題になるということで、支援者達がお金を出してホテルに行かせるわけですが、追いついていません。ですから民主党側も難民の数を減らしていこうとしています。

 トランプ氏は「不法移民がアメリカを侵略している」、「アメリカの血を汚している」と言っていますが、このメッセージは実際に自分達の地域に来ている南部諸州には響いています。

 実際には今、アメリカは60年ぶりの低失業率です。全体で見ると仕事がないはずはないのですが、奪われるような気がする。この「気がする」が大きいのです。特に低所得の人達の危機感は強く、今回の選挙では共和党側が材料にしています。

 ─ アメリカに余裕がなくなってきたと言えますか。

 前嶋 言えます。長期的な視点で見ると、01年の中国のWTO(世界貿易機関)加盟に遡ります。アメリカが、自国にとってプラスだと考えて加盟させた面がありますが、この考え自体が間違っていたという見方をする人がいます。中国、インドが大きくなり、アメリカの相対的経済力が落ちていった。

 そして「9・11」以降、アメリカは中東に莫大な資金を投じました。アフガニスタン、イラクの戦争で多くのアメリカ人も亡くなりました。「中国やインドが大きくなったのに、アメリカ人の所得はよくならない。何なんだろう」というのが、アメリカの全体的な余裕のなさにつながっているのだと思います。

 ─ アメリカでは白人層の人口が構成上少なくなったそうですね。

 前嶋 今は30代以下が半分以下です。全体で半分になるのは2030年代末と言われています。OECD(経済協力開発機構)加盟の先進国の中で唯一、人口が伸びている国ですが、それを支えているのは移民で、大きくアメリカの人口構成を変えています。

「自分達の親世代の時には、もっと生活がよかったのに……」と思っている白人層がいます。特に中西部、ペンシルベニア、オハイオなどの「ラストベルト」と呼ばれる工業地帯では、かつては自動車工場で働けば、大きくはなくともいい家や車が買えて、子供達にもいい教育をさせることができるという夢がありました。今は、その夢がなくなっていることが大きい。

 20年ほど前だと、アメリカ人の7割ほどが今よりもアメリカがよくなると思っていましたが、今は3割ほどに減った。私は9・11の時、アメリカに住んでいましたが、その頃から夢が萎んでしまった感じがします。経済も萎み、戦争に入り、夢が持てなくなってしまった。

支持者にとっては「素晴らしい大統領」に

 ─ そこにトランプ氏が登場したという流れですね。

 前嶋 そこで「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」で、一部の人の夢を回復させた。どんなアメリカかはわからないけれども、何かこの人に付いていけばいいのではないかということで、トランプ人気につながっていきます。

 トランプ氏は過去にいなかった人物です。1つだけ言えるのは、自分がどう支持者に映っているかを、最もわかっている人だと言えます。ビル・クリントン氏なども上手でしたが、それ以上かもしれません。

 わざと汚い言葉を使うことで支持者が固まり、逃げないと思ったらギリギリのところを攻める。スピーチを見ても、どんどん盛り上げる。下劣だとは思いますが、例えばバイデン氏が発言をミスすることがあります。あれには理由があって、高齢もありますが、元々吃音なんです。

 そのバイデン氏の吃音を、トランプ氏が真似をする。ひどいなと思いますが、共和党支持者には受ける。その辺りの難しい面があります。

 ─ アメリカの分断の深刻さを感じさせる話ですね。

 前嶋 分断と拮抗の話で1つ申し上げると、バイデン氏の政権支持率は40%ほどですが、民主党支持者に限れば85%程度、共和党支持者は10%以下です。こう見ると、民主党支持者にとってみれば、きちんとした大統領で、共和党支持者からはろくでもない大統領だと。

 同じことはトランプ氏にも言えて、85%ほどの共和党支持者が支持している一方、民主党支持者は10%以下。平均すると40%くらいで、バイデン氏と同じ形になっています。

 トランプ氏が大統領にふさわしいかというと、20年前の感覚ならばあり得ません。ただ、自分の支持層である国民の3割にとっては素晴らしい大統領になれるわけです。バイデン氏もそうかもしれません。

 ─ アメリカでは無党派の存在はどうなっているんですか。

 前嶋 無党派は4割ほどいますが、アメリカでは中道ではありません。無党派というのは選挙に行かない人であり、そのうち3分の1ほどが共和党寄り、3分の1ほどが民主党寄りで、党派性が強くなればなるほど選挙に行きます。

 選挙の行方を決めるのは投票率で、最後は無党派が決めるのですが、選挙にあまり行かない人にお金を使って戸別訪問したり、CMを打ったりして無理やり連れて行くのがアメリカの選挙です。

日本に期待される役割

 ─ 日本が今後突きつけられるものを、どう見ていますか。

 前嶋 日本が突きつけられるのは大変化かもしれません。それは今後20年間を決める変化かもしれません。例えば気候変動や国際協調の話などです。

 ただ、この変化はマイナスだけではありません。気候変動対策であれば、例えば自動車では水素に向かう前にEV一色にならず、ハイブリッド車を含めたガソリン車を販売していけるチャンスになるかもしれません。

 あるいはトランプ氏が減税を実施すると、マーケットの人達にとっては意外といいかもしれませんし、規制緩和も日本企業にとってプラスに働く可能性があります。一方で安全保障や外交、貿易はマイナスの可能性があり、難しい選択になります。

 日本はトランプ氏が就任しても、しっかりと向き合って、対応しなければなりません。同時に「もう1つのアメリカ」が一方にあることも意識する必要があり、どちらとも付き合っていかなければいけない。

 ─ 国際社会が日本に期待する役割は?

 前嶋 日本はアメリカを国際社会につなぎとめておく役割が期待されています。例えばアメリカはTPP(環太平洋パートナーシップ協定)を脱退しましたが、いつでも入ることができるように工夫しています。そうした国際秩序を日本がつくらなければなりません。

 各国からの日本への期待は大きい。対アメリカだけでなく、対中国でも各国は、まず日本を通して付き合いたいと思っている。トランプ復活は様々なマイナスも予想されますが、日本が世界でリーダーシップを取るという意味でプラス面もあります。

(了)