筑波大学と産業技術総合研究所(産総研)は6月21日、抗炎症作用を有するオリーブ由来化合物「オレオカンタール」と類似の構造を持つ、オリーブ含有の希少成分「オレアセイン」(OC)の神経炎症およびうつ病に与える影響を調べた結果、それらの予防や治療に関与するとされる神経ペプチド「脳由来神経栄養因子」(BDNF)の遺伝子発現量の上昇が確認され、その理由として細胞周期や神経新生/成熟が活性化し、炎症応答性が低下したことがわかったと発表した。
同成果は、筑波大 生命環境系の礒田博子教授、産総研・筑波大 食薬資源工学オープンイノベーションラボラトリの富永健一副ラボ長の研究チームによるもの。詳細は、細胞のコミュニケーションとシグナル伝達経路に関する全般を扱う学術誌「Cell Communication and Signaling」に掲載された。
神経炎症はうつ病の原因の1つであり、OCはその抗炎症作用が期待されているが、希少成分であるためその機能性に関する研究は遅れていたという。
またBDNFは、その高親和性受容体の「トロポミオシン受容体キナーゼB」(TrkB)を介して作用し、さらなるBDNFの発現を誘導するに伴い、神経可塑性の維持、神経成熟、神経分化、生存を制御する。さらに海馬において、炎症によりBDNF発現量が著しく低下すると、うつ病を発症することがわかっている。その一方で、うつ病の予防・治療ではBDNF発現量が上昇するため、脳内でのBDNF/TrkBシグナル伝達とうつ病との関連性が指摘されていた。このような知見から、BDNF/TrkBシグナル伝達経路を標的にすることで、うつ病の予防・治療を行える可能性があることから研究チームは今回、保有するさまざまな天然由来化合物群の中からTrkBのアゴニスト(その受容体に特定して結びつく物質)をスクリーニングすることにしたという。
その結果、特にOCの活性が高いことが見出されたことから、それを踏まえてヒト神経細胞モデル「SH-SY5Y」、ヒト神経炎症細胞モデルおよび神経炎症モデルマウスを用いて、OCの作用機序の解明が試みられた。
まずOCのTrkBアゴニスト活性の検討として、最初にSH-SY5Yに対するOCの24時間処理が行われたところ、BDNF遺伝子発現量の上昇が確認されたとする。次に、BDNF/TrkBシグナル伝達経路活性の阻害下では、OCのBDNF遺伝子の発現量上昇が抑制されたことから、同経路へのOCの関与が強く示唆されたという。また、BDNF発現の状態を非侵襲で観察するため、「Bdnf IRES AkaLucマウス」へOCを単回経口投与が行われた。その結果、投与後8時間で、脳内BDNF発現量の上昇が確かめられたとした。
さらに、OCのTrkBへの結合親和性の検討から、天然のTrkBアゴニストよりも高いTrkB結合親和性が確認されたとするほか、OCのTrkB結合部位は5種類のアミノ酸残基で構成され、水素結合を形成していることが示唆されたとした。加えて、OC処理SH-SY5Y細胞の網羅的遺伝子発現解析からは、細胞周期関連遺伝子や神経新生/成熟関連遺伝子の発現量上昇が、炎症応答性関連遺伝子の発現量低下がわかったとした。
このほか、神経炎症下でのOCの影響が検討され、OCがマウスに対して毎日(10日間)経口投与された後、神経炎症誘導活性を持つ「リポ多糖」(LPS)が腹腔内に投与されたところ、その翌日、うつ行動の評価のための尾部懸垂試験にて、マウスのうつ行動が抑制されることが確認されたという。
さらに、マウスから海馬が採取され、OCの作用機序が解析されたところ、OC経口投与は、LPSから誘導された炎症性サイトカイン(TNFα、IL1β、IL6)の遺伝子発現量上昇を抑制し、同時にBDNF発現量低下も抑制することが判明したほか、海馬の網羅的遺伝子発現解析から、OC投与はLPSにより誘導された神経栄養因子シグナル伝達経路関連遺伝子発現量(PI3K/AktやMAPKなど)の低下を抑制し、炎症性サイトカイン産生関連遺伝子発現量の上昇を抑制していることが考えられたという。また同様にSH-SY5Y細胞においても、LPSが誘導したNF-κBシグナル伝達経路の活性化を介したTNFα発現量の上昇が、OCにより抑制されることが網羅的遺伝子発現解析で示唆されたとしている。
これらの結果について研究チームでは、OCはTrkBを介してBDNF発現を誘導し、また炎症性サイトカイン発現を抑制することで、うつ行動を抑制することが示唆されたとしており、今後、OCを活性成分とした食品素材の開発を視野に入れ、ヒト介入試験を行う予定としている。