外科手術時に臓器同士を簡単に接合したり外したりできる接着材を、岡山大学などの研究グループが開発した。これまで臓器を「貼り合わせる」際は主に縫う方法を採っていたが、高度な技術がなくても迅速に接着できて、大量の水を注げば、組織を傷つけることなくはがすことが可能だ。実用化すれば、手術時間の短縮につながるとともに、次世代に向けた体内埋め込み型デバイスの固定や脱着に使うこともできそうだという。

岡山大学学術研究院医歯薬学域(歯)生体材料学分野の松本卓也教授らの研究グループは、手術の際に臓器同士を貼り合わせたり、視野を確保するために臓器を固定したりする際の課題を克服したいと考えていた。縫う手技は時間がかかるうえ、術者の技量に依存する。元に戻すためには抜糸が求められ、煩雑な処置となる。縫わない手法として、生体組織同士をくっつける「フィブリンのり」といわれる組織接着剤があるが、接着のための重合に時間がかかり、接着力も弱かった。

松本教授らは有用性の高い新たな接着材の開発に向け、骨ができるプロセスに着目した。形成時には骨の端で軟骨細胞の働きが活発になり、付近にある球状のミネラル同士がくっついて骨となる。ミネラル同士はその際、周囲のコラーゲン組織を「のり」のように利用している。松本教授は逆転の発想をし、骨の成分をうまく接着材として使えば、コラーゲンが多い臓器の表面にくっつくのではないかと考えた。

骨や歯の主成分であるリン酸カルシウム(ハイドロキシアパタイト)の粉末を用いて、微細ナノ粒子(ナノは10億分の1)にした上で、形成し、高温で焼成した。これにより、小さな空間が粒子間に存在する「空孔」が多数残った多孔質のプレートができた。1辺5ミリメートルほどの大きさの無機セラミックス系接着材として開発。リン酸カルシウムが生体組織の水分を吸うことにより、臓器のコラーゲン成分を引き寄せて接着する仕組みだ。軽く圧接するだけでくっつく。

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    今回開発したリン酸カルシウムを用いた臓器のための接着材。1辺5ミリメートルほどの大きさだ。並べて使い、強度を出す(松本卓也教授提供)

水分がほとんどない角化層ではくっつかないが、真皮や臓器には接着するので、手術の際に簡便に利用できる。松本教授はこの仕組みについて「米がのりの役目を果たすようなイメージ。水分が全くないときと、多すぎるときにはくっつかず、少ないと粘性が出る」と話す。フィブリンのりの3倍の接着力が出せることが分かった。

接着材形成時の焼成温度が変わると、リン酸カルシウムの密度が変わる。600度くらいまでは一定の接着力を保持するが、温度をさらに上げるほど、接着力は下がっていくことも分かった。密度が変わることで、多孔質の隙間の大きさが変化する。それにより水分量を調節し、接着力の強弱に関与しているとみられる。この温度差を利用すれば、強く貼り合わせなければならないものと、弱い接着で良いものといったコントロールが可能になる。なお、水を大量に流すと接着力を失い、はがれる。

豚の肝臓を用いて、実際の臓器で作用するかどうか実験した。面ファスナーの裏面に接着材を9個並べて行ったところ、くっついたり、水ではがれたりして、接着材の役目を果たしていた。さらに、組織標本で変化がないか調べたところ、臓器に傷が付くことはなく、有害事象は生じていなかった。また、滅菌のために洗浄しても壊れない。今後はヒトへの応用を目指し、実験を続けるという。

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    豚の肝臓を用いた実験の様子(写真右)。焼成温度が600度を超えると接着力が下がる。温度差を利用して、接着の強弱をコントロールできる(岡山大学提供)

スウェーデンでは、決済などのためにマイクロチップを体内に埋め込む人が増えている。生体に埋め込むチップは小さく、体内で動かないようにする工夫が求められる。松本教授は「(米起業家)イーロン・マスク氏らの会社『ニューラリンク』でも脳内埋め込み型デバイスの開発が進められているように、ヒトへの埋め込み型デバイスは将来的に普及していくと思う。今回の接着材が人間に使えることが分かれば、デバイスの固定や撤去を容易にするために使えるのではないか。さらに、ペット用のマイクロチップにも応用できると思う」と話した。

研究は日本学術振興会の科学研究費助成事業と、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業「CREST」の助成を受けて行われた。論文は米科学誌「アドバンスド ヘルスケア マテリアルズ」電子版に5月1日に掲載され、同月24日に岡山大学が発表した。

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