麻布大学は6月20日、魚油に含まれる脂肪酸の一種「エイコサペンタエン酸」(EPA)が、ラットを用いた動物実験により、骨格筋の種類として、脂質代謝に優れると同時に抗疲労性も備える遅筋タイプの割合を増加させることを解明したと発表した。

またそのメカニズムとして、全身のあらゆる組織に発現している核内受容体「PPARδ」と、細胞内の「アデノシン一リン酸」/「アデノシン三リン酸」(ATP)と「アデノシン二リン酸」/ATPの比率をモニターするエネルギーセンサである「AMP活性化プロテインキナーゼ」(AMPK)シグナリングの活性化が関与していることも明らかにしたと、併せて発表された。

  • 今回の研究の概要

    今回の研究の概要(出所:麻布大Webサイト)

同成果は、麻布大 獣医学部 動物応用科学科の水野谷航准教授、北里大学 獣医学部 動物資源科学科の小宮佑介准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、物理・生命科学・地球科学などの幅広い分野を扱う学術誌「iScience」に掲載された。

ひとくちに“筋繊維”といっても、代謝や収縮特性の違いから複数の種類がある。収縮速度が遅く、ミトコンドリアを豊富に含み、脂質酸化能力に優れ、疲労しにくい特徴を持つのが、マラソンなどに向く遅筋タイプ(type1)だ。一方で疲労しやすいものの、収縮速度が速く解糖系能力に優れるのが、短距離走などに向く速筋タイプ(type2B)。また、その両者の中間的な性質を持ったタイプ(type2Aやtype2X)もある。このような特徴の違いから、筋線維タイプ構成は代謝特性と密接に関連しており、中でも遅筋線維の増加は、抗疲労性かつ脂質を燃焼しやすい体質づくりに貢献できるとされている。

そうした中これまでの研究で、食餌性の魚油摂取がラットにおいて筋線維タイプを遅筋方向へと移行させることを発見したのが研究チームだ。しかし、その詳細なメカニズムを解明できていなかったことから、今回の研究では、魚油に含まれる特徴的な脂肪酸に着目し、ラットの骨格筋線維タイプ、骨格筋機能や全身代謝に対する作用やその機序を明らかにすることを目的とした研究を行ったという。

研究ではまず、魚油に含まれる代表的なオメガ3脂肪酸であるEPAやドコサヘキサエン酸(DHA)を含むさまざまな脂肪酸を用いて、遅筋タイプ形成や骨格筋の脂質代謝に関連している受容体PPARδの「アゴニスト」(受容体に結合する物質、薬剤の場合は作動薬)の活性が調べられた。その結果、EPAに合成PPARδアゴニストに匹敵するほどの高いアゴニスト活性があることが判明した一方で、DHAではこの活性は確認されなかったとする。

次に、ラットにEPAを4週間投与したのち、呼気ガス計測装置を用いて全身の代謝が測定された。するとEPA投与ラットにおいて、対照ラットと比較して酸素消費量が有意に増加したという。さらに、麻酔下での脛骨神経への電気刺激により発生する後肢ふくらはぎ筋の最大発揮張力を測定した結果、EPA投与ラットで有意に高い値が示され、筋持久力も有意に向上していることが確認されたとした。つまり、EPAの投与はラットのエネルギー代謝を亢進し、筋機能も向上させることがわかったのである。

続いて、そうしたEPAによる作用に筋線維タイプの変化が関与しているのかどうかが調べられた。長趾伸筋からタンパク質および「total RNA」を抽出し、遅筋タイプマーカーである「ミオシン重鎖(MyHC)1」の発現量を解析したとのこと。その結果、EPA投与ラットにおいてタンパク質、mRNAレベル両方で対照ラットと比較して有意に発現量が増加していたという。また、免疫組織化学染色で足底筋の筋線維タイプ組成を調べた結果、同様にEPA投与ラットにおいてMyHC1陽性筋線維の割合が有意に増加していることが確かめられたとした。

最後に、EPAが筋細胞で遺伝子や代謝物にどんな影響を与えているのかを調べるため、EPA添加が培養筋管細胞における遺伝子および代謝物にどのような影響を与えるのかが、網羅的解析(RNA-seqおよびメタボローム解析)を用いて調査された。すると、EPA添加は筋細胞のPPARδおよびAMPK経路を活性化することが突き止められたのに加え、脂質をエネルギー源として有酸素系の代謝経路である「TCAサイクル」を活発にすることも示唆されたとする。

今回の成果について研究チームは、古くから知られていた魚油摂取が脂肪燃焼を促進する理由の一端を解明すると同時に、脂質燃焼作用の亢進や抗疲労性体質の獲得といった運動トレーニングと類似した効果を引き起こすことを解明した。また今回の成果は、健康科学分野やスポーツ科学分野に貢献できると考えているとしている。