【政界】懸案山積の中で会期末が迫る通常国会 なおも余裕を見せる岸田首相の「次の一手」

4月の衆院3補選に続く「天王山」だった静岡県知事選は、接戦の末、自民党の推薦候補が敗北した。党内では「このままでは選挙を戦えない」との声が飛び交い。衆院解散・総選挙を視野に入れる首相・岸田文雄の政権運営は不透明感を増すばかりだ。自民党の裏金事件を受け、国民の信頼回復のかぎとなる政治資金規正法の改正も視界不良。6月の通常国会会期末までもつれ込んでも、解決するかどうかさえ分からない。経済再生をはじめ国政に懸案が山積する中、事態打開に向けた岸田の「次の一手」が注目される。

【政界】ピンチになればなるほど動き出す岸田首相は経済再生をどう進めるか?

3年前の二の舞?

「負けたのは地域の特殊事情だ」。5月26日に投開票された静岡県知事選の結果を受けて、自民党幹部からは党本部の責任回避に近い発言が相次いだ。「思ったより接戦だった。惜しかった」と、大敗しなかったことを安堵する声さえ漏れた。

 1つの地方選挙に過ぎないこの知事選が、永田町の耳目を集めたのは理由がある。発端は、4月末に実施された衆院の3つの補欠選挙だ。

 自民党は東京15区と長崎3区で不戦敗となり、唯一の与野党対決だった保守の金城湯池・島根1区でも、立憲民主党にまさかの大敗を喫した。「春の天王山」を全敗した自民党は、政治資金パーティー裏金事件による逆風を改めて痛感し、「通常国会中の衆院解散なんて無理だ」という空気がさらに支配的になるかに思われた。

 ところがたまたま、3補選の1カ月後にも与野党対決の大型選挙が予定されていた。川勝平太知事の急な辞職による静岡県の出直し選である。

 このとき連想されたのは、2021年、当時首相だった菅義偉の退陣劇だ。自民は同年4月、参院広島選挙区の再選挙、衆院北海道2区補選、参院長野補選という3選挙で全敗した。北海道2区は不祥事の影響で不戦敗、参院長野は立憲の有力議員の死去に伴う「弔い合戦」で、はなから勝ち目が薄かった。

 菅は、保守地盤の厚い広島に「唯一勝ち目がある」とみて臨んだが、地元の元法相・河井克行らの大規模買収事件に有権者が反発し、自民は敗北した。

 そして「選挙に勝てない総裁」とレッテルを貼られた菅にとどめを刺したのが、同年8月の横浜市長選だった。神奈川を地元とする菅は、盟友の元国家公安委員長・小此木八郎を支援したが、立憲推薦の新人に敗れた。

 1つの地方選に異例の肩入れをした分、菅の不人気ぶりはさらに際立った。起死回生の衆院解散も幻に終わり、菅は秋の自民党総裁選に出馬できず、首相の座を降りた。

「もし静岡で負ければ、岸田さんは菅さんと同じ道をたどるだろう」。通常国会中の衆院解散にも踏み切れず、9月の総裁選までに退陣─。こうした自民党内のささやきには、岸田に代わる総裁選出によって国民の目先を変え、きたる衆院選で勝利するシナリオへの期待も込められていた。

 静岡県知事選に名乗りを上げた前浜松市長・鈴木康友は元民主党衆院議員で、立憲、国民民主両党から推薦を受けた。鈴木は知名度が高く、自民は対抗馬の元副知事・大村慎一に対して推薦を出し渋った。しかし、主戦論を唱える自民県連が大村推薦を上申し、党本部も告示前日というぎりぎりのタイミングで推薦を決めた。自民幹部は「推薦しなくても、大村さんが負ければどうせ『自民の負け』と言われる」と、やけっぱちのような解説を披露した。

三たび天王山

 ただ、実際はもう1つ伏線があった。自民の事前の情勢調査で大村が徐々に追い上げ、先行する鈴木と10ポイント圏内まで迫ってきたのだ。別の党幹部は「この数字なら、テコ入れすれば勝負になる」と表情を明るくした。投票1週間前には複数のメディアが「鈴木氏と大村氏が競る」との調査結果を報じ、党執行部は「行ける」と意を強くした。

 半面、静岡は自民にとって鬼門でもあった。最近、地元の自民議員が相次いでスキャンダルを起こしたからだ。裏金事件で安倍派の座長として党から離党勧告を受けた元文部科学相・塩谷立。週刊誌にいわゆる「パパ活」をすっぱぬかれて議員辞職に追い込まれた宮沢博行。一昨年、同様にパパ活を報じられて自民を離党した吉川赳。

 いずれも前回選は静岡の衆院小選挙区で敗れ、比例復活していた面々だ。県民の「政治とカネ」と「女性問題」への反発は強く、知事選で大村を支援した自民は、政党色を極力抑えて戦わざるを得なかった。

 同時に「知事選に勝利したら岸田さんが大ばくちに打って出るのでは」というおびえに似た観測も浮上した。勝利を政権再浮揚の兆しと思い込んだ岸田が、衆院解散に踏み切るという見立てだ。ある中堅議員は「勝てば一気に空気が変わる」と語り、解散を恐れる自民議員たちが静岡知事選で手を抜いた、という噂も飛んだ。

 そして7月、三たび天王山が訪れそうだ。立憲の参院議員・蓮舫が東京都知事選に無所属で出馬すると表明したのだ。自民は3選を目指す現職の小池百合子を後押しする構えで、衆院3補選、静岡に続いて与野党対決の構図となる。

 蓮舫はこれまでも都知事選への転出がささやかれてきたが、今回決断した背景には、都民ファーストの会を率いる小池の神通力が陰りを見せていること、そして自民党への大逆風という要素が大きい。

 4月の3補選のうち、東京15区では、立憲を共産党が側面支援する形で小池が全面支援した候補を破り、「立・共」連携の効果を見せつけた。また静岡知事選と同じ日に行われた東京都議補選(目黒区)も、2議席を立憲と無所属候補で分け合い、小池の支援した自民候補が落選している。

 都内で絶大な知名度を誇る小池とはいえ「蓮舫さんも知名度の高い論客。そして、今までで一番勝ち目があるタイミングだ」(立憲関係者)。仮に敗れても、善戦すれば次の国政選挙で堂々と返り咲けるという計算もありそうだ。

旗印はできるか

 6月に目玉政策の定額減税が始まり、岸田周辺は「物価高対策が国民に評価されれば、政権は苦境を挽回できる」という楽観論を捨てていない。岸田自身、このままじり貧になるより、景気回復と政治改革を掲げて勝負を賭ける選択肢をぎりぎりまで持ち続けるだろう。

 3補選と静岡の「4連敗」を考えれば、早期解散が自民に勝機をもたらす可能性は高いとは言えない。それでも普段から「何を考えているか分からない」と評される岸田だけに、昨年6月の国会終盤に起きた「解散騒動」が再現されるどうかは予断を許さない。

 自民党派閥の解散で権力構造が流動化し、有力な「ポスト岸田」候補も現れていない以上、解散せずに9月の総裁選を迎えたとしても、岸田に再選の芽は残る。窮地の岸田の表情にある種の余裕がうかがえるのは、まだ選択の余地があることを知っているからだ。

 いずれにせよ、「政治とカネ」の問題に一定の決着をつけない限り、岸田が衆院選か総裁選で政治改革の旗印を掲げることはできない。派閥解散、政治倫理審査会の開催に続き、焦点は終盤国会に向けた政治資金規正法の改正論議だ。

 自民党は公明党との協議が整わず、改正案を単独で国会に提出するという極めて異例の対応を余儀なくされた。ここで自公が対立したのは、①パーティー券の購入者を公開する基準を、通常の寄付と同じ「5万円」まで引き下げるか②政党から議員に支出され、議員が使途を公開する必要がない「政策活動費」の詳細を公開するか否か─の2つだった。

 ①は「10万円」から降りない自民と「5万円」の公明が互いに譲らず、②も「選挙活動費」のようにぼんやり開示する自民案に、詳細な公開を求める公明が難色を示した。両党幹部のパイプが細っており、妥協点を見いだす作業は難航した。公明には「問題を起こしたのは自民だ。うちが譲る必要はない」と不満もくすぶった。

 自民は参院の議席が過半数に届いておらず、改正案を単独で可決・成立させることができない。このため公明に対して、「国会の採決で自民案に反対すれば、連立が成り立たなくなる」と、どう喝めいたメッセージを送る場面もあった。

 しかし結局、自公双方にとって連立解消には現実味がない。党幹部ではらちがあかず、岸田自ら、「5万円」への引き下げという公明の主張を容れる再修正を決断した。

リーダーの王道

 一方で自民は日本維新の会にも秋波を送った。維新が最も重視するのは、国会議員に月額100万円支給され、使途公開の義務がない旧文通費(旧文書通信交通滞在費、今の呼称は調査研究広報滞在費)の改革である。

 岸田はまず4月下旬、旧文通費の使途公開や制限のあり方を改めて議論するよう、党内に指示した。さらに自民の国会対策委員長・浜田靖一が、衆参両院議長の下に協議体を作ろうと維新に誘いをかけた。

 自民批判の巻き添えを食うことを警戒する維新代表の馬場伸幸は「旧文通費を解決するから、規正法の自民案をやってくださいという取引」には応じないとクギを刺した。それでも、与党寄りの姿勢をしばしばやゆされてきた維新は揺れる。次期衆院選で「与党過半数割れ」がささやかれる中、公明に続く自民の連立相手と目され始めたからだ。

 馬場自身、「自民案は抜け道だらけだ。まともに議論する必要はない」と批判しつつも、将来的な連立の可能性は排除しない姿勢をにじませた。馬場と会談した岸田は、規正法案修正に関する維新の要求も最終的に受け入れた。公明・維新と手を握ることで「与野党合意による法改正」を演出するためだ。

 5月22日からは、まず衆院の特別委員会で各党が提出した改正案の審議が始まった。立憲と国民民主が共同提出した案を念頭に、自民は立憲に与野党協議を呼びかけた。参院に舞台が移った後も、6月23日の会期末まで流動的な局面が続く可能性がある。

 記録的な円安、物価高、子ども・子育て支援法の改正、国際情勢の緊張など、本来、今国会における重要課題は「政治とカネ」のみにとどまらない。

 岸田は国のリーダーとして、政局に過度にのめり込むことなく、地道な政策構想と実行に汗をかき、国民の信頼回復を目指す「王道」を歩むべきだ。

(敬称略)