東北大学、理化学研究所(理研)、高輝度光科学研究センター(JASRI)、科学技術振興機構(JST)、住友ゴム工業の5者は6月18日、従来の原子運動測定装置では、観測可能な時間範囲が装置の性能から決まる特定の1つの時間分解能の近辺に制限されてしまっているなどの理由から、放射光X線でナノ秒程度の原子運動観測を行うにはこれまで大きな制限があったが、時間分解能を2つ持つ新しい放射光X線分光型測定技術を開発し、0.1~100ナノ秒という従来にない広い時間領域で原子・分子・ナノ構造体の運動の測定を可能にしたと共同で発表した。

また、理研が開発した最新の二次元高速X線カメラ「CITIUS」(画素サイズ72.6μm、フレームレート17.4kHz)を用いることで、動いているものの時間スケールだけでなく、空間的な大きさの同時測定も実現したことも併せて発表された。

同成果は、東北大大学院 理学研究科の齋藤真器名准教授、理研の初井宇記グループディレクター、JASRIの依田芳卓主幹研究員、住友ゴム工業の共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

  • 放射光で櫛型のスペクトル構造を作り出し、原子・分子の運動を広い時間分解能において観測が実現された

    放射光で櫛型のスペクトル構造を作り出し、原子・分子の運動を広い時間分解能において観測が実現された。(c) Makina Saito(出所:住友ゴム工業Webサイト)

高分子材料や生体材料などの内部では、さまざまな大きさの原子・分子の集団が、それぞれ固有の時間スケールで運動している。そうした集団の構造や運動の時間は、材料の硬さや脆(もろ)さなど、さまざまな物質の特性に反映される。そのため、どれほどの大きさの集団が、どれほどの時間で動いているのかを知ることは、物質の理解、ひいては産業材料の開発や生命現象の理解に必要不可欠だという。しかし実際には、原子の運動ともなると、その完全な理解にはまだ程遠い状態だとする。特に、多くの材料の特性理解に重要なナノ秒近辺の時間は、原子・分子・ナノ構造体の運動測定が困難な時間域であり、測定対象にも大きな制限のある時間域だったとする。

現在、物質の原子レベルの構造を調べる顕微鏡として活躍しているのが、放射光X線だ。同X線は、電子を光速近くまで加速して曲げることで、そのカーブの外側に遠心力で放り出されるようにして発生する、明るく指向性が高い電磁波である。研究チームは今回、大型放射光施設SPring-8において、「核モノクロメーター」(ある特定の波長のX線を超精密に切り出す装置)と分光器を用いることで、X線領域で櫛型のスペクトル構造を作り出し、それを用いることで原子運動の時間を従来の分光型実験の常識を越えた広い時間域で調べられるという、新たな技術の開発を試みることにしたという。

さまざまな波長が混ざった放射光のうち、いくつかの特定の波長だけを取り出し、分光器を使ってその波長分布を観測する場合、それぞれの波長のピークが連なることで、歯が複数ある櫛のような形に見える。それに対して従来法では、その櫛の歯が1本しかないスペクトル構造が測定に用いられていたという。この時、歯の固有の幅が原子運動の時間の測定分解能を、つまり原子の運動を測ることができる時間域を決めていた。今回の研究では、X線領域でスペクトルの櫛型の構造を作り出すことで、新しい測定系が、櫛の歯の幅から決まる時間分解能だけでなく、櫛全体の幅から決まる新しい別の時間分解能を持つことが発見された。さらに、歯が沢山あることで、櫛の歯の幅から決まる時間分解能の測定も、歯の数が多い分だけ効率的に行えることも同時に発見されたとした。

そして、研究チームは2つの分解能を持つ技術を開発。同手法が0.1~100ナノ秒という従来法に比べてとても広い時間領域において、原子・分子運動の効率的な観測が可能であることを、典型的な高分子材料(ゴム)を用いることで実証することに成功した。

従来の放射光技術では、1つの測定に何週間もかかるため、実質的に原子ダイナミクス測定は不可能だった。しかし、今回の技術なら約100倍も効率良く測定できることから、その測定が現実的になったとする。なお、精密な原子・分子構造の同時測定の実現は、SPring-8の加速器を駆動させる高周波周期と、CITIUSの露光周期を100万分の10以下で精密に合致させる高精度同期システムの開発が基礎になったとしている。

これまで、ナノ秒近辺での原子・分子・ナノ構造の運動性の測定には、中性子が用いられていた。しかし同位体置換が必要など、測定する物質に特殊な条件が必要な場合があり、広範な材料に対する研究が妨げられていたという。今回開発された技術により、ゴム、電池、金属ガラス、液晶、化粧品など、数多くの産業材料や生体分子などにおいて、重要な原子・分子運動を内部まで非破壊で、また特殊な条件を課すことなく調べることが可能となった。これにより、今後の材料開発や生命現象の機構の理解が大きく加速するとしている。